「空港か。憧れなんだよな、海外
1度行ってみたいな、とは思ってるんだ」

麗眞くんが呟くと、横にいた椎菜が不安そうに眉を下げて、彼の腕を掴んだ。

「麗眞くん、そうなの?
私もなんだ!

心理学を駆使して事件を解決する海外ドラマにハマってから、アメリカに無性に憧れてさ。

留学すると単位がプラスされる大学に行こうとは思ってるんだけどね。

その割に、海外なんて行ったことないけど」

深月、その話は初めて聞いたんだけど……

「俺もそろそろ、真面目に進路考えるかな」

麗眞くんがそう呟く。

相沢さんが歩みを止めて手を振った目線の先を見る。

チェックイン口近くのベンチに、拓実くんが座っていた。

私は行ってらっしゃい、と言わんばかりに背中を強く押された。

拓実くんは私の顔を見るなり、目をこれでもかと見開いた。

拓実くんの隣にいる細身だがスーツをしっかり着こなした男の人にスーツケースを預ける。

小ぶりのショルダーバッグを肩から下げてから立ち上がるや否や私に駆け寄ってくれる。

私の身体は彼の腕に囚われた。

視界に入る、彼のグレー地のパーカー。

「大事なこと、言ってなかった!
私、拓実くんのこと……」

「知ってるよ。
理名。

みなまで言わなくてもさ、これで良くない?」

拓実くんはそう言って、私の身体を一瞬だけ解放する。

首元にひんやりとした感覚。

ネックレスだろうか。

「渡せなかった分と、これから渡せるはずだった分も合わせての、プレゼント。

遅くなって、ごめんね。
一応、それ嵌めといて。

俺とペアのやつだからさ、一応。

サイズゆるかったりキツかったら、今みたいにチェーン通して、首から下げてくれればいいよ。

理名には俺だけしか合わないって、勝手に思ってるから。

変な虫がつかないように、お守り」

台詞で分かった。
決して安くはないだろうそれを、ぎゅっと握りしめる。

そこで、もう彼の顔を見れないのかと思うと、一筋の涙が頬を伝った。

「泣くなって。

ま、泣いてる理名も可愛いけどさ」

「プレゼント、貰えるなんて思ってなくて。

私も拓実に買ったの。

これ、プレゼント。

向こうで着られるように、って」

「ありがとう!

理名から貰えるなんて、予想してなかったよ!

指輪預けちゃうと困るから、まだ荷物預けなくてよかった。

ドイツに着いてから開けるよ。

それまで、楽しみにしてていい?

あ、でも、もう1つだけワガママを言っていいかな。

あのとき俺が言ったクリスマスの日の返事聞かせてくれれば、何も思い残すことなくあっちに行ける」

「え?

えっと、あの……

拓実のこと、好き。

ずっと、あの時から真剣に考えてたよ?
拓実と恋人同士になりたいって」

拓実くんの広い背中に、そっと手を置くような優しさで回して、気持ちを伝えた。

「理名。

よく言えました。
ってことで、ご褒美。

あとは、俺も同じ気持ち。
名実ともに理名の彼氏になっていいかな」

私が頷いたのを確認した拓実くん。

にっこり微笑んで私の頭を軽く撫でてから、私の身体を優しく引き寄せて、唇を重ねた。

「いきなりごめんね?
今日の理名、可愛すぎてさ。

こんな可愛い子、日本に置いて行くなんて我ながら勿体ないな、と思うけど。

時間あるとき、連絡するからね?
後でメッセージでTV電話アプリのID送るね」

もう一度、軽く頭を撫でる。

「ありがと。

私も、時間あるとき教えるね!

今日から夏休みだし、時間はたっぷりあるし」

私の返事を聞くと、拓実くんは満足そうに口角を上げて微笑んだ。

もう1度、唇が近づく。

今度は舌のざらざらした感触を一瞬だけ味わった。

「ごちそうさま。

キス自体は3回目、

こういうのは2回目だ。

1回目は、理名がバイト先で先輩にネチネチ嫌味言われたあの日、熱出して倒れたとき。

スポドリ口移しさせてもらった。
この感触、一生忘れないでおくね。

続きとしてその可愛いワンピースとキャミソールの下を見たいくらいなんだけど。

そうだな、高校生のうちにもし理名がこっちに来ることがあったらそれは貰おうかな。

楽しみはとっておかないとね。

じゃ、行ってくるよ」

お揃いの指輪が光る手を軽く振りながらチェックインに向かう拓実。

私は、腕がちぎれそうなくらい拓実くん、いや、拓実に手を振る。

私の向こうにも目線をやり、手を振っている辺り、大所帯で見送りに来たことに気付いたのだろう。

さすがは拓実だ。

そういうところは目ざとい。

「おめでとう理名ー!
何?どうだった?セカンドに近いファーストキスの感想は」

華恋にバシバシ背中を叩かれる。

その横で、手を合わせるのは美冬と小野寺くんだ。

よく意味がわからなかったので話を聞く。

前に食堂で、美冬へのプレゼントの話を振ったのは実は演技だったそう。

私からの『指輪が欲しい』という言質を取りたいがためのものだったようだ。

麗眞くんと椎菜からも謝られた。

2人からも話を聞くと、代わる代わる部活を休んで、拓実の指輪選びに付き合っていたらしい。

私にバレないようにやるのがサプライズだったのだろうから、よしとするか。

「皆、ありがとう。

おかげで、夏休み突入初日からいい思い出ができた」

「いいのよこれくらい。

あー、アンタたち見てると、もどかしくてしょうがなかったわ。

まぁ、それくらいの方が燃えるからいいんだけど」

華恋は、琥珀と巽くんをチラチラと見ながら言う。

「理名様と拓実様が恋仲になれたということ、私も喜ばしいです。

さて、皆様まとめて、宝月家のお屋敷か、宝月家の別荘、どちらかにお送りいたしましょう。
どちらがいいでしょう」

満場一致で、宝月家の別荘に決まった。

車が別荘に向かうと、車内で私は冷やかされっぱなしだった。

どうやら、抱きしめられたりキスをされたり、というのは見てはようだ。

会話までは聞き取れなかったらしい。

会話を一言一句とまではいかないが、覚えている限り聞かせる。

拓実くんも男だねぇというリアクションが返ってきた。

「アンタもそのうち、バージン奪われるかもしれないわね?」

「あ、椎菜。

椎菜のお母さんにお礼言っておいてほしいの。

菜々美さんのおかげで恋人同士になれました、って」

「もちろん!

言っておくね」

車がゆっくり停まる。

「皆様、ご到着致しましたよ」

宝月家の別荘は、またいつもの屋敷と違ったシックな外観だった。

宝月家のいつもの屋敷は豪邸といって差し支えないスケールだ。

こちらは長方形を組み合わせてあることでスタイリッシュでシャープな外観になっている。

廊下はガラス戸になっていて、シックな外観を損なわず、奥行きが出せるようになっている。

バスルームはお屋敷のように大人数で入れるようにはなっていない。

女性陣が先にと譲ってくれた。

美冬は少し身体がダルいと訴えたため、シャワーで様子を見ることになった。

各階に2つずつ、シャワールー厶が隣接しているというので、私と美冬はそこで済ませる。

華恋と琥珀も、シャワーで良いと言う。

結局のところ椎菜と深月がバスルームを使うことになった。