時計の針が11時30分を少し回るか回らないかといった頃。

軽食が並ぶ広い庭に、ぞろぞろと見知った顔がやってきた。

「琥珀と華恋は、着替えなくて良かったの?」

そう言って私たちに話しかけたのは、深月だ。

ボーダーのノースリーブトップスにラベンダーのスカートと、女子力の高い格好。

白いウェッジソールサンダルと、白いハンドバッグがポイントになっている。

直視できない、と言うように、隣にいる秋山くんが華恋と琥珀に時たま目線をやっている。

「今日いい天気になってよかったですね。
相沢さんも、お疲れ様です」

丁寧に相沢さんに挨拶をしてからこちらに向かってくるのは、美冬と小野寺くんだ。

相沢さんに何やら話しかけられて、照れたように微笑んでいる。

美冬は白いTシャツにデニム素材のビスチェ、黒ベースに青い花があしらわれたスカート、という格好だ。
美冬が鞄もサンダルも黒で揃えるのは珍しい。

よく見ると、膝から下が透ける素材になっている。
小野寺くん、直視できないだろうな。

白いTシャツにチェックシャツ、ジーンズ姿の小野寺くんが、話し込む美冬を引っ張ってこちらに向かう。

「悪い、待たせたな。

美冬、終業式の後の映像をこっそり見てたって相沢さんに言われたのが相当嬉しかったみたいで。

彼と話し込んでてさ。

ちょっとムカついたけど」

「いいじゃない。
私たち、たまに賢人のお父さんとか、琥珀のお父さんに指導してもらいながら頑張ったんだし」

そうだなと笑い合う2人にビックリだ。

拓実くんの海外行きで私がヤキモキしている間に、そんなことしてたのか。

「あ、ごめんごめん!
お昼ごはん、遅くなっちゃうね。

相沢さんも、事情察してくれて、いろいろ協力してくださってありがとうございました!」

綺麗なソプラノトーンが辺りに響いた。
この声の持ち主は、椎菜だ。

リブ素材になっているラベンダーの半袖トップスに白いレースパンツがよく似合っている。

光の当たり方によってシルバーがかって見えるパンプス。

白いショルダーバッグを肩から下げている彼女は、パタパタとこちらに駆けてくる。

皆で広い庭のテーブルを囲み、皆で夏休み突入の乾杯をしてから軽食をつまんだ。

「あ、そうそう。
理名ちゃん、今度こそ忘れるなよ」

そう言って、麗眞くんが紙袋を差し出してくれた。

「あ、ありがと」

「どういたしまして。

渡して喜んでくれるといいな、拓実」

「絶対喜んでくれるって!」

「理名が可愛い格好してるから、私と華恋は制服要員だよ。

制服も目に焼き付けててほしいでしょ?」

「わざと着替えなかったのは、そういうことかよ。

お前らしいのな。

でも、俺も制服だから安心しろよ」

突然、庭の芝生を踏む音と共に、声がした。

琥珀が振り向くと、制服姿の巽くんが立っていた。

「どうしてここに?」

「ちょっと気になったんだよな。

クールビューティー女子として、バレー部員内で人気があるんだよ、理名ちゃん。

彼女がそんな可愛い服着てまで会いたがるなんて、どんな男なのかなってさ。

ま、俺は理名ちゃんと華恋ちゃんによって半ば強引に、相沢さんの車の座席に乗せられたんだけど」

「失礼な真似を。

琥珀様が遠回りしたルートを行くようにお願いしてから、意図は掴んでおりました。

それゆえ、巽様もご一緒に車に乗せました。

麗眞坊ちゃま曰く、『もう、巽も俺たちの友人だ』とのことでしたので」

え、バレー部員内で人気あるんだ、私……

「それに、そこの一般人よりは強いと思ってる
女子に、言いたいこともあったから、来たの。
悪かったな制服で」

巽くんも男子たちの輪に入る。

女子陣は、楽しんでねと言って、私と琥珀を引っ張って、相沢さんに空き部屋を借りる。

そこで、椎菜と深月、美冬に髪をいじられ、飲食で崩れたメイクを直してもらう。

髪をいじられたといっても、白のヘアバンドを髪に乗せられた後、おくれ毛にワックスをつけられただけなのだが。

メイク直しも、ベースの直しと、グロスを唇に乗せられただけである。

だが、グロスを塗られたのは新鮮で、自分じゃないみたいだった。

私が終わると、次は琥珀の番だ。

「巽くんが来るなんて思わなかったよ」

「私も。

よっぽど心配なんじゃない?
琥珀のこと」

「これはもう、文化祭の空き時間は一緒に回ること確定だね!」

きゃっきゃとはしゃぎながら、椎菜と華恋がメイクをしている。

深月は髪をいじる担当だ。

アイボリーのワイシャツが汚れないよう、フェイスカバーを首から胸元に被せる。

制服のネクタイのグリーンに合わせたカーキのアイシャドウを施されていく琥珀。

「グレーって、イエローベースの黄み肌に似合わないのよね。

黄色がチェックに入ってるからいいけど。
なんでこんな制服にしたかね」

華恋が自分の学園の制服に、文句タラタラだ。

ブラックのアイライナーとマスカラ、明るい色味のオレンジリップと、少し色味を落ち着かせたブラウンレッドのチークは、みるみるうちに琥珀の肌に乗せられていった。

同時に深月によるヘアアレンジも完成したようだ。

しっかりと三つ編みをして、毛先を丸めてゴムで結び、顔周りの髪をコテで巻いて動きをつけただけのもの。

だが、顔周りの髪のカールによって抜け感が出て、琥珀の大人びた顔立ちが引き立っている。

「あ、もう行かなくちゃね!」

「巽くんたち、きっと待ってるよね」

美冬は私に今度こそ紙袋持ったよねと念を押してくれる。
どこまでも気が利く子だ。

紙袋を手に下げてエントランスに行くと、男性陣は全員集合していた。

巽くんが琥珀を見て目を丸くしていたため、イメチェンは成功したようだ。

皆で車に乗り込むと、さながら車内は遠足のバス車内のようになった。

当然のようにカップルは隣なのだが、私の隣はフリーの華恋だ。

恋愛のカリスマと呼ばれ、モテテクもお手のものだろうに、彼氏とか作らないんだろうか。
まさか年下好き?

巽くんと琥珀は無言で、お互いに目を逸らしている。

巽くんが琥珀に話したいことって何だったんだろう。

はしゃぎながら過ごす人もいれば甘い夜を過ごすための寝溜めか、車内ですやすやと眠っている人もいた。

どれぐらい経っただろうか。

「空港に到着致しましたよ。

案内は私が」

相沢さんの後に続いて、さながら本当に修学旅行みたいな気分で、空港内を歩いていく。