時は過ぎて、終業式の日がやってきた。

「おはよー!」

生理でダウンしていた椎菜も完全復活していた。

私や琥珀、深月の肩を叩きながら挨拶をしてくれる。

「ごめんね、心配掛けて。

あれから麗眞ともたくさん話し合って、高校生らしいデート多めにしていこうってことになったの。

深月の母親の由紀さんにも、お礼を言っておいてほしいんだ。

体調悪いのを慮って私の家まで来てくれたし」

椎菜はそう言って、深月に小さな紙袋を渡していた。

「話聞いてくれたお礼!

家族で食べてね!

日保ちするやつにしておいたから」

さり気なく気を遣えるのがいつもの椎菜だ。
そんな椎菜の頭を撫でる、長身で茶髪の生徒。

制服は着崩してはいないが、身長のせいか腰パン気味だ。

「おはよ、椎菜。
良かった。
元気そうで」

深月や美冬、琥珀や華恋は、麗眞くんと椎菜に何やら声をかけるなり、バタバタと教室を出ていった。

「そういえば、結局取りに来なかったのな、理名ちゃん。

大事な拓実へのプレゼント、結局俺の屋敷に忘れてたぜ。

椎菜や美冬ちゃん深月ちゃんたちに連れ回されるだろうから、覚悟しとけ?

その後でまとめて空港まで送るから、俺の家に集合な?
その時に渡す」

「ありがと、麗眞くん」

「んじゃ、体育館で会おうな」

やがて、いつもより人の少ない教室で出席をとってホームルームをした。
ぞろぞろと体育館に向かって行く。

学年主任は夏休みに自分の進路について思いを馳せるのも良いなどと言っていた。

ついでに付録のように、模擬試験に似せた試験が夏休み明けにあるとも言っていた。

理事長も遊ぶのはいいが、羽目を外すなとも言われた。

話が終わると、校歌を斉唱した。

伴奏は琥珀だった。

終業式の時間自体は1時間もなかったのではないか。

とてもコンパクトな式だった。

「本日の終業式はここまでとします。
しかし、何やらやりたいことがあるというのでマイクは放送部に渡します」

マイクを手に取ったのは、朝の一瞬しか顔を見なかった美冬だ。

「皆さん!お昼のグッドな日!パーソナリティーの関口美冬です!

お昼の放送、聞いてくださっていますか?

今日はスペシャル版として、ラジオではなく映
像でお届けします!

これは、実際に私の身近で起きた話です。

皆さんにも見てもらって、少しでも意識を高めてほしいと思いました。

そこで、放送部と有志の人達に協力してもらって、再現ドラマを作りました」

美冬が流暢に喋る間にも、プロジェクターやらが手際よく用意されていく。

慌ただしく動いているのは、放送部部員以外では深月や秋山くん、麗眞くんや椎菜だ。

「これを観て、皆さんが今日からの夏休み、何事もなく過ごせてまたこの体育館で会えるのを楽しみにしています。

それでは、ご覧ください」

映像のフリは小野寺くんだ。

映像は、女子高生が塾帰りに成人男性に乱暴されるところから始まる。

なすがままで、不幸なことにアフターピルが間に合わなかった。

日に日にひどくなる悪阻と闘いながら、知らない男の子供を育てたくはないと、お腹の中の生命を絶つ決断をする様子。

それが、深月と華恋、小野寺くんや秋山くんの主演で描かれていた。

痴漢や盗撮などの犯罪に遭遇したときはどうするか、を映像で示した。
これはおまけ映像らしい。

『相手を懲らしめようと思って柔道等の技はいけません。

コツを掴むまでが大変なので、金的もNGですよ!

すぐにコンビニ110番だったり、最寄りの交番に駆け込みましょう!

また、やってしまいがちですが泣き寝入りはいけません!

性犯罪に対応するには証拠が肝心です!

証拠があれば、警察署で『制服のスカートが短いから気があったんじゃないか』といった、心ない、セカンドレイプの言葉を受けずにすみます』

『金的は琥珀ちゃんくらいしか出来ないんで、他の皆はスルーしてね。
あ、くれぐれも真似してはいけません。

証拠になる音声録音もビデオ録画もバッチリ!

ボタンに似せた品から、定期券入れに忍ばせられる超小型まで、型番も色々あります。

その名も防犯かべみみくん!

こちらをご用命の方は、俺を通じて宝月グループへどうぞ!』

麗眞くんに至っては、映像内でちゃっかり宣伝までしている。

琥珀は、雨の日の傘やハンドバッグを使った護身術を映像内で2つほど紹介していた。

心得がある人がやっているから簡単そうに見えるが、できる気がしない。

ただ、身近なもので相手との距離感を測れなくするのは、私のようなインドア派にも向いてそうだ。

『実際に私の友人が性犯罪に遭いました。

その親友は、周りからの好奇の目や、警察署で受けた心ない言葉に、何よりショックを受けたと言っていました。

いつ誰が被害に遭うか分からない世の中です。

ここにお集まりの男子の皆さんも、被害に遭った子がいたら、その子を責めたり好奇心から質問したりしないでください。

できることは、隣に寄り添って、話を聞いてあげることです。

周囲に一人でも理解者がいるだけで、心はかなり楽になります。

女子の皆さんも、映像にある通り、被害に遭ったらとにかく泣き寝入りはしないでください。

一生苦しい思いをするのは他ならぬ自分です。

自分の思う最良の選択をしてください』

話している間に、映像はエンドロールになっていた。

キャストにいつメンの名前はもちろん、制作協力にテレビ局まであるのはどうしてだったんだろう。

『映像を見ていただき、ありがとうございました。

それでは、皆さん、くれぐれも羽目を外しすぎない、ほど良い夏休みをお過ごしください。

お昼のグッドな日、アシスタントの小野寺賢人でした』

『アシスタントの小野寺くん、ありがとうございました!

お昼のグッドな日!へのお便り、ハガキの募集は夏休み中はメールフォームで行います。

相談があればお寄せください。

生徒だけじゃなく、教師からも歓迎ですよ!
それでは、夏休み明けのグッドな日にまたお会いしましょう!

今日のお相手は関口美冬でした!』

拍手やざわめきが収まらぬ中、マイクを先生に渡して、美冬たちは席に戻っていった。

「これで本当に終業式は終わりだ。

なお、先ほど場を仕切っていた、放送部の小野寺、関口、他有志の生徒はここに残るように!

その他の人は早く教室に戻りなさい!
しっかり成績通知書を受け取ることも、忘れるなよ!」

体育館近くの広場で待つことにする。

広場でカメラ機材を整理している男性が横にいたが、素知らぬふりをしていると、その男性に話しかけられた。

「君、さっきの映像見てくれたか?

うちの息子、カッコよく映ってただろ。

まぁ、自分の映るシーン以外はカメラマンアシスタントとして俺の補佐をやってもらってたんだがな。

放送部の彼女、美冬ちゃんって言ったっけか。

彼女と並ぶくらいベシャリも上手いところはやっぱ、俺の血を引いてるんだな!

彼女、いい子だよな。

さすが私の息子、いい子を彼女にしたもんだ」

満足そうに、白く輝く歯をガハハと見せて笑う男性。

もしかして、もしかしなくても。

「小野寺 賢人くんの父親ですか?」

「お、賢人の知り合いだったか。
そうだ。

会社ではオノケンと呼ばれてな。

腕の立つカメラマンとして通っているんだ。

業界内では知らない人はいないんだがな。

父親としてはまだまだだ。

賢人の母は高校に上がる前の夏に交通事故に遭って、もうこの世にはいないんだがな。

おっと、暗い話を失礼。

よろしく」

握手を求めてきたので、岩崎理名です、と自分の名前を名乗る。

鍛えてあるのか、筋肉質でゴツゴツした手をそっと握った。

先程のドラマは、テレビ局の一室を借りて、麗眞くんの父親や琥珀ちゃんの父親も手伝って、完成させた映像だったという。

そっか、だからテレビ局の名前がエンドロールに出てたんだ。

そんなことを何とは無しに聞いていると、ハッキリとした低い声が飛んだ。

「おい親父。

人の友達口説いてんなよ?

カメラマンとしていろいろ協力してくれたのは感謝するけどさ。

その子、今日にはフリーじゃなくなるんだからな」

小野寺くんが仁王立ちしていて、目で体育館前に戻るように合図してくれる。

それに甘えて体育館に戻ると、広場の方に行く美冬とすれ違った。

それ以外の皆は体育館前にいた。

どうやら、さっきの映像を学校の宣伝として公式ホームページに乗せていいかという問いだったという。

場合によっては学校説明会や入試の時期だけオープンさせる公式動画チャンネルにアップすることも考えているようだ。

「許可したよ。
放送部の宣伝にはなると思ったし」

「美冬と小野寺くんも、いいよーって言ってたし」

そう言って椎菜が目をやる方向には、父親に手を振る小野寺くんと、礼儀正しく何度も頭を下げる美冬がいた。

教室に戻ると、人は少なく、私達以外は帰したという。

ひとりひとり、成績通知書を受け取り、私たちは昇降口に向かった。

昇降口側のベンチに、久方ぶりに顔を見る人が姿勢よく座っていた。

傍らには大きな紙袋がある。

「あら、理名ちゃん。
久しぶりね」

誰あろう、椎菜の母親だった。
今日は同級生の親によく会う日だ。