「ほら、早く食べな?理名。
カップル何組かはほっとけばいいのよ。

アンタもそのうちあんな感じにラブラブになるかもしれんのよ?
それまでの辛抱よ」

華恋に肩を叩かれて、席につく。

今回はバイキング形式ではなく、よく旅館の部屋食にあるような感じだった。

はしゃぐ私たちから離れた場所で、相沢さんが麗眞くんを手招きして何やら話している。

はしゃぐ私たちの話題はなぜか真面目な話だ。

「部活の顧問から聞いたんだけどね、夏休み明けに、抜き打ちで模試やるんだって。

有名な予備校が作ってて、個人の志望校レベルにあった問題になるらしいよ?

夏休み、遊んでばっか、ってわけにはいかないね」

「美冬の顧問って、今のウチらの先輩の担任教師だよね?」

「そうそう。
放送部の顧問、誰もやる気なくてね。

当時新人だったその先生が顧問になったのよ。

おかげであなたたちがやりたいならいいんじゃない、で文化祭のラジオドラマも私たちの番組も通ったし、緩くて助かるけど」

「なるほどねぇ」

真面目な話から、あの教師の話は長いだの、必ずチャイムが鳴っても終わらないだの、愚痴になっていた。

私は上の空だった。

食堂に来ると、思い浮かんでしまう。

拓実くんとバイト帰りにこの豪華な家に来たときに、この食堂内で、キスをされたのだ。

「なーにボーッとしてるのよ、
拓実くんとのキスでも思い出してたわけ?」

誰かに不意に問われ、ちょうど口に含んでいたお茶を盛大に噴き出した。

「ちょ、な、な、何を言うの!」

「その反応、図星か。
しかし、拓実くんもやるね」

「なんで皆知ってるの?」

そのことは、私と拓実くんしか知らないはず。

「椎菜が、麗眞からの情報だ、って言って教えてくれたの。

確証はないけど、9割9分の確率で理名と拓実くん、キスはしてたはずだ、ってね」

「どうなのよ、ホントのところ」

観念したように小さく頷いた。

「やっぱりな。
そうだと思ったんだ。

ただ2人で話してただけにしては身体の距離近すぎたし。

何より、理名ちゃんの顔、超真っ赤だったから確信したよ」

食堂に入ってきたのは、麗眞くんだった。

拓実くんとのドキドキな瞬間を目撃されたわけではないのだけれど、その直後の甘い雰囲気をぶち壊した本人だ。

「あれ?
麗眞くん、どこ行ってたの?」

「ん?親父に内線で呼び出されたの。
不本意だったけど行ったよ。

話なんていつでもできるのにな」

その口調は、いつもと違って穏やかではなく、棘がある。

「椎菜のことでなにか言われたとか?」

華恋がそう言うと、麗眞くんは小さく息を吐いて1つ頷いてから食堂を出ていってしまった。

「今のは図星だったよ、絶対。
ちょっと悪いことしたんじゃない?」

「いいのよ。

ちょっとは自覚させてやらないと。

そういう年頃だから仕方ない、なんて言ってる場合じゃないのよ。

ああまで情欲抑えられないのはちょっとね。

被害被るのは椎菜、つまり女の側なのよ。
それ、麗眞くん側は全く分かってない。

誰かが釘さしてやらなきゃダメなの。

まだ20歳にもなってないんだから、そういう教育は親の役目でしょ。

あの様子じゃ、相当堪えたみたいね」

琥珀も頷いた。

「頑張って顔に出さないようにはしてたみたいだけど、口調がねー。

にしても、私は理名と同じく未経験だから分からないんだけど、そんなにいいわけ?」

何を、というのは暗黙の了解だ。

「それ、今聞く?
体験済みの子たちはこのメンツの中だといないのに。

聞きたいなら早く食べること!
いいね?」

華恋に言われて、そっか、という顔で何度か瞬きをする琥珀。

しっかりしてそうに見えて抜けてるところもあるようだ。
そういうギャップが、巽くんの心を掴むのだろう。

現に、私も華恋も、目の前の御膳の器は空になっている。

琥珀はあと五穀米が少しだ。

「あ、でも、そっか。

さすがに彼氏さんの前では話せないか。

そこは、私の家に呼んだときに聞こうかな。
基本的に両親もいないし」

「親いないってチャンスなのよね、学生にとっては。そのうち家に呼ぶつもり?
巽くんも」

少しの沈黙の後、琥珀が器に残った五穀米を食べ終え、一息つくようにほうじ茶を飲んだ後に言った。

「そのつもりではあるけど、
何か緊張するな。

家政婦の相原さんに、巽くんと会ってるところを見られたらどうしよう。
それが私の父親に伝わったらって思うと気まずいし。

あ、でも大丈夫かな、恋愛に関しては両親、そこまで口出さないし。

むしろ私に浮いた話がなかったのを不思議がってたくらいだったな」

「ちょっと見てみたいかも、琥珀の両親」

そんな話をしていると、小野寺くんと秋山くんが食堂に入ってきた。

「あれ?
美冬と深月は?」

「ん?麗眞がご機嫌斜めみたいだからさ。

そろそろ食事終わる頃だと思って、案内役やろうと思って。

美冬たちにも、理名ちゃんたちが迷うだろうから、案内してやれって言われたの。

まだ麗眞の彼女さんの部屋にいるよ。

俺らも風呂上がりの自分の彼女見てると理性いつ切れるか分かんないんだ。

案内終わったら自分たちの部屋戻るつもりではいるんだけどな」

「麗眞にとっては癒やしだったんだろうな、
自分の彼女さんとイチャつくの。

大体は屋敷に連れ込んでのパターンが多いらしいし、もっと高校生らしいデートしろよと思うけど。

それも俺らも言ったし執事さんにも親父さんからも言われたんじゃね?
同じことを違う人から言われるのも堪えたんだろうな。

深月と部屋で椎菜ちゃんの話聞いたの。

屋敷でイチャラブも幸せだけど、たまには高校生らしい、映画館デートとかショッピングデートとかもしたい、って本人言ってたんだよ。

何も言わなくても伝わるだろ、って自惚れてんじゃね、麗眞のほうが。

深月の見立てだと、遠慮して自分の希望言わなかったり、乗り気じゃないときに断らない。

そんな椎菜ちゃんにも、非はあるって言ってたけど」

秋山くんはそう言うと、食堂の外に目を向けて案内役は賢人に頼むと言い添えた。
その刹那、走って食堂を出ていった。

「行くか。
ご機嫌斜めのやつは道明に任せるか。

道明が無理なら、アイツ自身が頼れる彼女さんを呼ぶだろうし。

俺らは椎菜ちゃんの話を聞いててやろうぜ」

小野寺くんはそう言って、私たちを部屋に案内した。

部屋に戻る途中の階段で、深月とすれ違った。

「ミッチーから助け舟要請されたから、行ってくる!
全く。

学園の公認カップルのどちらも、世話焼かせるんだから」

そう言いながら、深月は慣れた様子で螺旋階段を降りていった。

椎菜の部屋に入ると、美冬が優しく椎菜の頭を撫でているところだった。

彼女の瞳は赤く充血している。
泣いたことは一目瞭然だった。