美冬の口数が少ない。こういうときにはしゃぐのは彼女のはずなのに。

不思議そうにする私に、華恋が言う。

「アンタが心配しなさんな。

多分、賢人くんとイチャつきたかったなーとか思ってるのよ」

「ちょっと華恋!」

「だってホントのことでしょ?

いつもの賢人くんと違って強引に男らしく迫られた昨日の夜もよかったんでしょうが。

さっき出かける前も賢人くんに頭撫でられてキスまでされてたくせに」

「華恋ったら、朝から何てことを!」

そう返しながら、美冬は顔を耳まで真っ赤にしている。

「きっと図星ね。
美冬ってホント、からかうと可愛いんだもん、昔から」

軽口を叩く華恋と美冬。

数週間前まで、もうこんな光景はずっと見られないと思っていた。

華恋も美冬も笑顔なのは、旗から見ていて微笑ましい。

まるで、いつもの学校でのホームルーム前をそのまま再現したような光景だ。

「いつも皆、こんな感じの会話してるの?」

琥珀ちゃんは、若干引いていたが。

車内がやっと賑やかになってきた矢先に、相沢さんの声が響いた。

「皆様方、もうすぐ着きますよ」

見えてきたのは、麗眞くんの屋敷には及ばないけど、それでも立派な外観の家。

その洋館は大きいものが1つ、庭に面した形で小さいものがある。

「うわ、豪邸、って感じ」

「そうでもないよー。
小さいほうの1棟は室内プールとかスポーツジムとかがある。

主に父親が使う頻度高いかな。

私も、プールはたまに、ジャグジー風呂は頻繁に使うけど。

いっつも麗眞くんの家ばかりも飽きるでしょ、
たまにはこの家泊まってもいいよ。

麗眞くんの超豪邸みたく、ホテルみたいに全員入浴、とはいかないけど。

部屋にジャグジー風呂もあるから、そこで女子3人と、別棟の3階の大浴場3人で分けることもできるしね」

琥珀ちゃんは何の気なしに言う。
いやいや、部屋にジャグジー風呂あるって普通の家じゃないから!

「華恋と琥珀ちゃんは先に行って、洋服のアドバイスをよろしく!

私は理名の服をなんとかしてくるね。

ごめんなさい、相沢さん。

タクシードライバーさんみたいな扱いしちゃってますけど、話したとおりに。

理名、家までの道のガイド、お願いね」

「構いませんよ。
我が主の麗眞坊ちゃまからも、詳しい流れは彼女たちにお任せにする。

いろいろと琥珀様のために動いてやれ、という命令を仰せつかっておりますので。

理名様のご自宅は私が既に存じ上げておりますゆえ、ガイドは不要です。

ごゆっくり、ご友人とのご歓談をお楽しみください。

ときに理名様。

屋敷にお忘れ物をしておりましたよ」

そう言う相沢さんから受け取ったのは、私の荷物だった。

「あれ、何で?」

「1度理名は自分の家に戻るのよ?
荷物持っていかないと不便でしょ。

携帯とか定期入れとかもこの通学用カバンの中でしょ」

「あ、そっか。
すみません、相沢さん」

「実はね、皆で、今日はパンツスタイルで行こう、って示し合わせてるの。

琥珀ちゃんに、私たちで見せつけてやるのよ。

パンツコーデでもちゃんと女の子らしくなりますよ、って。

理名ちゃんは女の子らしいパンツスタイルはちょっとまだ厳しそうだから、私がアドバイスを、ね。

今日は理名が私にアドバイスを受けてる間に、華恋が琥珀の服を選ぶ。

それが終わった頃合いに、また琥珀ちゃんの家に戻って、皆でアドバイスをする。

そして、皆で予行練習と、当日の服選びを兼ねて近くのショッピングモールへ繰り出す、って感じの流れ。

理解した?」

何となく、移動が激しいなぁ。

それを私が知らない間に示し合わせてることがすごい。
しかも、相沢さんもわかっていたみたいだし。

「さて、そろそろですよ、
理名様のご自宅に到着です」

「琥珀ちゃんの家と違ってオンボロ一軒家だけど、ドン引きしないでね」

「しないって!
大丈夫!」

「では、私は1度屋敷に行きますね。
また後ほど」

「ありがとうございました、相沢さん!」

美冬がありがとうございましたって言うとアナウンサー感がすごい出ている。

玄関のドアを開けて、リビングを通り過ぎる。

階段を上がってすぐに右に曲がり、客人である
美冬を自室に案内する。

「最低限の家具しかないシンプルさ、さすが理名、って感じ。

さ、時間もないから早く選んじゃおっか」

美冬のその言葉を合図にしたように、クローゼットを開ける。

私服すら最低限しかない。

そのほとんどが昨年の宿泊オリエンテーションのときに買い揃えたものだ。

ウエスト部分がラップデザインになったデニムのワイドパンツを目ざとく見つけた美冬。

その横に掛けてあったさり気なくドット柄になっていて透け感のある長袖ガウンも手に取り、

さらに引き出しから黒いノースリーブニットを手に取って満足したように頷く。

「うん。いい感じ。
理名、これに着替えてくれる?

理名らしくて、でも女の子らしさもほんのりあって。
とっても似合うと思う」

私に服を手渡すと、玄関に向かった。

美冬から手渡された服は、身体にしっかり馴染んだ。
長袖ガウンとワイドパンツは実は椎菜ちゃんづてに彼女の母親からもらったものだった。

貰ったはいいものの、どう着てよいのかわからず、クローゼットに眠ったままになっていたのだ。

華恋に前合わせてもらった服は彼女の好みが色濃く出ており、正直あれ以来着ていない。

もちろん華恋本人には伝えていないが。

今回の服は、いつものカッコよさも残しつつ、女の子らしさが出ていると感じるのはガウンの肌の透け感が為せる技なのか。

着替えが終わったので、彼女の様子を見に行くと、下駄箱を覗いて靴を見ていた。

「美冬?」

そう声を掛けた私を見やると、にっこり微笑んだ。

「どう?その服。
理名っぽいでしょ。

華恋はガッツリテイスト変えたがるんだけど、私は違うよ。

ちゃんとその人の好きなテイストは残す。

ガッツリテイスト変えちゃうと、その人がいないとイメチェンできなくなっちゃうでしょ?

それはダメだと思うから。

サンダルはこれを履くといいと思うよ」

そう言いながら、玄関にサンダルを置いてくれた。
スタッズが一部に使われている、白い厚底サンダル。

ヒール靴はめったに履かない私。

だけど抵抗はなく、段差に突っかかって転ぶこともなさそうだ。

これも、椎菜ちゃんの母親から譲り受けたものである。

これを着て椎菜ちゃんに会えば喜びそうだ。

「さすがは美冬。
師匠って呼んでいい?」

相沢さんから渡された荷物の貴重品をお気に入りの黒いショルダーバッグに詰めながら言う。

「そんなそんな。
私なんてまだまだだよー。
準備出来たら行こうか?」

美冬に5分ほど待つように告げて、荷物を自室の床に置く。

机の引き出しから、手近なメモとボールペンを取り出して父へのメモを書いた。

書き終えると、メモが飛ばないように冷蔵庫に貼り付けた。
美冬から言われた靴を履いて、玄関を出た。