「じゃあ明日行くメンツは、美冬と理名と私、でいいね?」

「そこ、私も行くの?」

「理名、暇でしょ?
ついでに皆でご飯でも食べよ!」

確かに暇だ。
明日食べるご飯に困るくらいには。

「んじゃ、決まりね!」

「んじゃ、私たちは、行けないなりに今から知恵をたっぷり授ける!
心して聞いてね!」

「私は深月みたいに心理学とか得意分野があるわけじゃないから、女子っぽい立ち居振る舞いを教えようかな。

ウチのお母さん、モデルだからね。
最近は女優もやってるし。
それくらいは教えられるよ」

「充分!
教えて下さい!椎菜先生!」

琥珀ちゃんは椎菜からいろいろ教わっていた。

女の子らしい立ち方、座り方、歩き方、笑い方や食事の時の作法など。

さり気なく奢らせる方向に持っていって可愛くお礼を言うのは小悪魔だと思ったが。

私もさり気なく横で聞いていて勉強になった。

頭から膝までがL字型になっていると、座ったときの姿勢が綺麗に見えるようだ。

なかなか難しいが、武道を嗜んでいる琥珀ちゃ
んなら体幹もしっかりしているから出来るはずだという。

立ち方も体幹が大切で、お尻に力を入れ、膝とつま先の方向を同じにする。

そして背筋とひざ裏を伸ばす。

体幹がしっかりしていないと身体の軸がブレてまっすぐ歩けない上に膝裏が曲がって不格好に見えるようなのだ。

「いたた……
ごめんね、見本見せられないのが残念だわ」

「大丈夫ー!
教えてもらったこと、活かせるようにする!」

申し訳なさそうな顔をする椎菜だが、琥珀ちゃんの元気で前向きな返答に、安堵していた。

「よし!次は私ね!」

そう言って、深月の心理学講座が始まった。

「普段近くにいるからこそ、いつもと何か違うな、が効くのよ。

私たちも、例えば華恋が髪を今のロングからボブヘアにしてきたら驚くでしょ?
それと同じよ。

ギャップを狙えば勝率は60%よ。

あとの40%は、さっき椎菜が言ってた仕草とか立ち居振る舞いね。

そもそも、ちゃんと手紙までつけてノートに挟んで連絡先くれたんでしょ?

図らずも、中学の頃の私とミッチーに似てて微笑ましいけど。

その時点で脈ありよ、あとはどう落とすかね」

椎菜が深月たちに申し訳なさそうに手を合わせるジェスチャーをしていた。

先に寝るね、ということなのだろう。

よっぽど激しく麗眞くんに愛されたようだ。

私も、深月の心理学講座をなんとはなしに聞いているうちに、眠りに落ちていた。

目覚ましの音で目が覚めた。

そして、目覚ましを止めると同時に相沢さんが部屋に入ってきた。

「もう朝食は用意してございます。

本日は、昨日栄養バランスが偏った分を調整できるよう、和のお惣菜をバイキング形式にて取り揃えてございますよ。

ご準備ができた方からお部屋の前にいてくださいませ。
まとめて食堂までご案内いたします」

相沢さんは、椎菜に何かを手渡してから、部屋を出ていった。

私が一番遅く起きたらしい。
しかし、私は準備が早いのだ。

ジャージのままで眉だけ描いて、軽く髪をとかしてからメガネを掛ければ準備完了だ。

「お待たせ!行こ!」

皆で相沢さんについていく。
椎菜と深月以外は私服に着替えていた。

美冬は昨日ほどではないが少し肩が空いた黒いブラウスに、デニムのワイドパンツだ。

ワイドパンツは共布リボンを結ぶタイプで、裾にはパールが付いている。

デニムなのに女の子らしいのは肩あきとデニムのリボンのおかげだろうか。

華恋は昨日のままのネイビーのパンツだが、トップスが目のさめるようなピンク色だ。

黒いハトメと黒いテープが印象的だ。
こちらもお腹のあたりでリボン結びができるようになっている。

ピンク色の派手さをうまくネイビーのパンツが中和している。

琥珀ちゃんは前日着てたものと同じものだ。

私は……制服でそのまま来たから私服ないんだった。

特に支障ないから、いいや。
後は帰るだけだし。

椎菜は昨夜の後遺症だろうか、肩やら腰を擦りながらゆっくり歩いている。

昨日琥珀ちゃんに歩き方を指導していた子と同一人物とは思えない。

「んも、椎菜、大丈夫?
どんだけ激しくしたのよ、アンタの旦那。

いつもとは違って1回だけだったんでしょ?」

「うん、そうだよ?
でも、1回だけな分、いつもより急ぎ足だったかも。

ってか、まだ旦那じゃないし!」

「そこは秒読みだからいいでしょうよ。
もう夫婦みたいなもんじゃん」

「もう!
冷やかさないでって」

そんな会話をしていると、目が回りそうな螺旋階段も終わってダイニングに着いていた。

なるほど、確かに相沢さんの言うとおり、卯の花や旨煮、黒豆やもやしのナムルなど、身体によさそうなヘルシーな素材が並べられていた。

本当にこの屋敷は、年間の管理費いくらなんだろう。

そこまで言って、周りを見渡して気付いた。
拓実くんがいないのだ。

「桐原様なら、先に学校に向かわれましたよ。

5日後を楽しみにしている、とだけ、彼から岩崎様へのご伝言を預かっております」

言われてみれば、そうだよね。
休みなのは、私たちだけなんだから。

何だか寂しいが、仕方がない。

あと5日間、しばしの別れまで猶予があるのだ。
気を取り直して食べたいものをあれもこれもとお皿に持っていく。

バイキング形式なんて昔、両親に高級ホテルに連れて行って貰ったときの記憶しかない。

それを昨日も今日も楽しませてもらって、いいのだろうか。

「こらー、ボーッとしてないで、ちゃんと食べな?理名。

体力つけとかないとだよ?
多分長丁場になるから」

「うん、そうする。
ありがと」

「理名ちゃんがあんま進んで食べないの、珍しくない?
椎菜は相変わらず偏食で少食だからな。

昨日の感じからすると、多分そろそろ月イチの体調絶不調になる時期だと思うんだが。

授業中ぶっ倒れても俺はクラス違うから何もしてやれないって、昨日言ったんだけどな。

理名ちゃんからも何か言ってやって」

「ってか、そこまで知ってるわけ?
ストーカーみたい」

「ってか、麗眞くんなら椎菜には触れさせないって言って、自ら保健室運ぶんじゃないの?
絶対そうでしょ」

琥珀ちゃん、バシッと言うなぁ。

「うん、まぁね。
道明にも賢人にも触れさせないよ?
それは合ってる。

椎菜が昨日やけに煽ってきてたからさ。

本能的に1週間くらいデキなくなるの、知ってるからなんじゃないかなーって、あくまでも俺の推測。

別に本人から直接聞いたわけじゃないし」

「あー、それ、なんとなく分かるかも。
私はメールとか電話だけで連絡取るようにしてるけど。

その時期の前、コントロールできないくらいイライラするから喧嘩になると怖いし。

ま、多分ミッチーはわかってるはずだけど。
何となくは。

酷いときは目眩とか立ち眩みで倒れそうになるし」

深月が頷きながら同意する。

「そっか。なるべく会わないようにする人もいるのか。

私はむしろ、しんどいからこそ誰かに側にいてほしいタイプ。

そこまで酷いのはまだないけど、腹痛はあるからさ。

賢人なんて、身体冷えるからって言って何軒もコンビニやらスーパー回って常温の飲み物買ってきてくれたりするの。

側にいてくれるといくらかはしんどいのマシになるかな」

美冬はそういうタイプか。

人によって違うんだな。

「俺は居てやっても大丈夫か?しか言えないし弱ってる椎菜ずっと見てるのしんどいわけ。
だから独りにしちゃうんだけどさ。

体調悪いの分かってるけど、
甘えて来られると正直襲いたくなるし。
最中はさすがにマズいから、そうしないためにも」

昨夜拓実くんが言ってたとおりだ。

麗眞くんなら椎菜が熱を出して寝込んでいるときも体温を上げるためだと言っていろいろヤりそうだ。

なんだか椎菜が不憫になってきた。

そんなことを思っていると、横にグラスが置かれた。

「飲み物減ってたから。
ごめん、アイスコーヒー入れてきちゃった」

まだ眠そうな顔で飲み物を持ってきてくれたのは椎菜だ。

自分があまり食べないぶん、こういうところで気を配れるのは好感度が高い。

飲み会でモテるタイプかもしれない。

「ありがと、椎菜」

椎菜はにっこり微笑むと、皆のテーブルに順番にグラスを置いていった。

私は空になったお皿を持って、再び料理を取りに行った。

色とりどりに並ぶたくさんの料理に目移りしながら、ふと思った。
あと5日後。

その日は終業式の日でもあった。

あ、修学旅行のアンケート、締切だ。
書く行き先をドイツにしようと心に決めた。

会えるかどうかは、分からないけれど、同じ地に彼もいると思えば、きっと楽しめる。

私がお皿に盛ったご飯を食べ終わる頃には、各々自然に解散となった。

帰る人は相沢さんに言えばまとめて送ってくれるという。

私や華恋や美冬は送ってもらうことにした。

口車に乗せるのが上手い華恋と美冬が琥珀ちゃんを言いくるめて一緒に琥珀も車に乗せた。

「皆、何なら行くだけ行ってここにまた帰ってくる?

琥珀ちゃんが華恋と美冬のアドバイスを受けてどんな感じに変わるか気になるし。

だから、琥珀ちゃん以外は大きい荷物、ここに置いていけばいいじゃん」

この広い屋敷でお留守番をする深月が言う。

「でも麗眞、いいのそれ?」

椎菜が麗眞くんを見上げながら聞く。

上目遣いになっているのは、身長のせいもあるが、わざとなのだろう。
確信犯だ。

そんなんだから、彼氏の麗眞くんを無自覚に煽るのだろう。

そのことに、彼女は気付いているのかいないのか。

「んー?
俺も琥珀ちゃん、どう変わるか気になるんだよなぁ。

芸能人の娘なんだ、元の素材がいいのにもったいないなー、って思ってたところだったし。

あ、だからといって俺には椎菜がいるし、琥珀ちゃんには惚れないから安心してな」

「おや、話はまとまったようですね。

では、琥珀様のご自宅に皆様まとめてお送りしましょう」

戸惑っている様子の琥珀だったが、私が成功例だと聞くと安心したようだ。

「うん、いいよ。
どうせ両親もいないし。

片方は主演ドラマの撮影やってるし、片方は音大の後輩が、海外でコンサートやるから手伝いに行ってるし」

うーん、さすがアイドルとピアニストの娘だ。
出てくる言葉が違う。

寂しくはないのだろうか。
片親の私も、両親と仲が良さそうな麗眞くんや椎菜を見ていると胸が痛む。

私なら、琥珀のような生活は耐えられる自信がない。