グループがやっとできた頃、周りが騒がしくなってきた。
プログラムに文句を言っているらしい。

私も配られたしおりに載っている行程表を見てみると、一日目は学校のルールを座学で学び、夜はグループの皆で将来の夢について発表しあうというものだった。
確かに、これは退屈だろう。

将来の夢なんて、高校生で決まっている人は少ないだろう。
もう義務教育は終えているのだから。

「皆が大学受験をするから」なんて理由で勉強をしても、続かないのは目に見えている。
そんなレールに乗る必要はないのだ。


私は、母のような看護師に、もしくは医者になるために。
もっと勉強をするために、ここに来たのだ。

担任が声を張り上げる。

「文句を言うな。
お前らの将来のためだぞ!
自分の進む道を常に意識し、模範的な行動を取ることが、お前らの将来に繋がるんだ、真面目に取り組めよ!」


生徒の目が一斉に先生を見た。

将来、ね。

「より多く、この学校から生徒を推薦して、評判を上げたいだけじゃないの」

そう、小さく毒づいた私の言葉は、椎菜ちゃんだけじゃなく、麗眞くんも気に留めていないようだった。

グループ決めと宿泊学習の係を決めた後、終わりのチャイムを合図に各々が鞄を持って教室から出ていく。

すると、後ろから軽く肩を叩かれた。
昨日の麗眞くんと椎菜ちゃんのそれとはまた違う、少し強い叩き方だった。
抗議の言葉の一つでも言ってやろうと、後ろを振り向く。

そこにいたのは、さっき同じグループになった浅川 深月《あさかわ みづき》という子だ。

「あ……どうも」

呼び捨てかちゃん付けか、目の前にいる彼女のことをなんと呼ぼうか考えていると、彼女が先に口を開いた。
仲良くない人は、名字を呼び捨てにするのがマイルールだった。
しかしながら、仮にも宿泊オリエンテーションで同じグループになった人に、名字呼び捨ては憚られた。

「いいよ、呼び捨てでも、ちゃん付けでも。
好きに呼んで?」

「……ありがと。
じゃあ、深月ちゃん、って呼ぶね」

「うん、好きに呼んでよ。
あ、ねぇねぇ、一緒に帰らない?

あんまり理名ちゃんのほうから話しかけてきてくれなかったから、何か気に障るようなことしたかなぁって、不安だったの」

「そんなこと……」

ないよ、というその三文字が、口から出て来なかった。

「まあ、いいよ。
あんまり親と仲良くないのかな、良い関係を構築出来てないのかなって思ってたから」


その言葉を聞いて、一瞬で顔が強張り、嫌な汗が身体を伝ったのが、自分でもはっきりわかった。
なぜ、わかったのだろう。
そんな素振りは、彼女の前でも、一切見せないでいたはずだった。
彼女の前では、父子家庭であることを口に出したことはない。

「悪く思わないでね?
私のお父さん、ちょっと心理学の勉強してたことがあったのよ。

それに、私の母もカウンセラーしてるの。
カウンセラー、というか臨床心理士、って言えばいいのかな。

そういう類の本、家にたくさんあって、ちょっと手に取って読んでみたりしてるの。
その知識の受け売りなんだけどね」

そんな彼女の話を聞きながら、深月ちゃんの両親に会ってみたいと思った。

カウンセリングとやらを受ければ、私のこの対人恐怖症ともとれる、ひねくれた性格が改善に向かうだろうか。

そんなことを考えながら、教室を出た深月ちゃん。
その背中を、慌てて追う。

危うく、鞄を忘れて帰るところだった。
ロッカーから鞄を出してから、慌てて彼女の背中を追った。