俺はその声を聞いて


「…〜っ愛してるわ」


言われたことのない言葉を聞いて


“ここにはもう居られない”


そう感じた。


涙は出ない。


いつのまにか涙は枯れて、呆然としていることしか出来なかった。


どのくらい、リビングのドアの前に立っていたのだろう。


リビングから男と母さんが出てきてから、やっと目が覚めた。


男を見ると母さんと幸せそうに笑っている。


男も俺に気付き、一瞬目が合い、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、母さんと家を後にした。


いつか母さんはあの男と結婚でもするのだろうか。


俺は自分の部屋に向かい、スポーツバックに必要だと思われる物を詰めていく。


これは、最初で最後の親孝行。


きっと母さんは俺が側にいる限り、幸せにはなれないから。


もちろん母さんのことは嫌いだ。


殺したいとも思ったことは何度もあった。


だけど、そんな母さんにしたのは親父のせいで、俺のせいだとも思う。


あの男と話している母さんの表情はとても柔らかく、幸せそうで俺がいたからずっと辛い思いをしていたんだと分かりたく無かったがわかってしまった。