「お姫様なんかじゃ、ない」
よく聞いたことのある綺麗なテノール声が響く。
その男はゆっくりとではあるが、確かにこっちに向かって歩いてきた。
「駄目だめ。これ以上は行かせらんねぇ」
しかし、彼はニタニタと笑う男に行く手を阻まれる。
近付いてきて、ようやく分かった。
今来たのが誰なのか。
赤いパーカーを着て、ハニーブラウンの髪の毛がふわりと揺れる。
「俺の飼い主、返して」
フードから覗く、鋭いスミレ色の誰もが魅力されてしまいそうになる瞳で彼__巳波は男に言い放つ。
数秒間、誰も何も言わなかった。
否、言えなかったのかもしれない。
「本当に君はおもしろいねぇ。巳波八尋」
クククッと腹を抱えて、男は巳波に睨み返す。
巳波は再び口を閉ざしたが、あたしには男が何故笑っているのか容易く理解することが出来た。
何、あたしのこと飼い主とか言っちゃってるの?
言われたこっちの方が恥ずかしくなる。
案の定、男も巳波の飼い主発言に笑っちゃってるわけだし。
……助けてくれるのはいいけど、飼い主発言はやめて欲しいな。

