「こ、殺さないでくれ……っ」

 激しい雨のせいで、男の悲痛な叫びは虚しくかき消される。
 
 一歩足を前に出せば、同じように男は後ろへ後ずさる。そしてやがて、男の背中に大木が当たった。それでもなお男は後ろへ下がろうとする。

 全身を震わせながら怯えた顔でこちらを見上げてくるその光景は、滑稽なほど無様な様子だった。

 (いい年して情けない……)

 素直にそう思った。自分より一回り以上年上のくせに、潔く死ぬ覚悟を決められないなんて本当に情けない。

 そもそも組織を裏切ったのだから、殺されないわけがない。何の代償も無しに組織を裏切れると思ったなら、かなりの馬鹿だ。

「た、頼む!、この通りだ……っ」

 終いに男は土下座した。そんなことをしても許されないのに。

「これは決まりだ。潔く死んでください」

 男の後頭部を見ながら、静かに言った。

 すると男は顔を上げた。悔しそうにしてこちらを睨んでいる。年上のくだらないプライドだろうか。

「……図に乗るなよ……ガキがぁっ!」

 そう言うと、男は襲いかかってきた。
 
 男を躱わし、持っていた小振りのナイフを取り出してその首に突きつけた。そしてそれを勢いよく横に動かした。

「ぐあああぁぁっ!!」

 男の叫び声と共に、赤黒い血が首から噴き出てきた。男の血は私の服を濡らし、地面を濡らした。

 男の体は雨でぬかるんだ地面へと倒れていった。