チラリと、男の方がこちらを見る。
それは、紛れもなく葵くんだった。
「なに、葵。知ってる人?」
「……知らない。ほら、黙って。続き」
「もぉ、見てるよぉ?」
冷たい瞳だった。
葵くんは、私なんかいないもののように女の人の顎に手をかけ、再び唇を落とす。
私は、その場から逃げ出すように階段を下りていく。
ひたすらに走り、すべてを消し去るようにただただ走った。
見たくなかった……。
あんな所。
噂、本当だったんだ。
私に見せる葵くんは、時々からかうようなことを言うけど優しくて、親切で。
そうだよね、私になんて本当の葵くんを見せるわけないんだ。
噂の、不良で女たらし。
それが、本当の葵くん。
私が、バカだったんだ。
少し優しくされただけで、葵くんのすべてを知った風になって。
いい気になって、舞い上がって、もっと仲良くなりたいとか思って。
葵くんはいい迷惑だったんだ。
―知らない。
葵くんの声が、こだまする。


