『誰が変態なの?』

くすくすと笑う声が聞こえて、はっと振り返ったら、渋谷くんがいた。


当たり前だけど、制服を着て。

ただ、ネクタイだけはまだしていなかった。
髪も少し湿っているように見える。


『久しぶり。ななちゃん』

渋谷くんは、そう言いながら、シャツの襟を立てて、鏡も見ずにネクタイを締めた。


私はその器用な手つきをじぃっと見ていた。

『ななちゃん、元気だった?』

『…えっ?あぁ、うん』

テスト期間中は来てなかったから、会うのは七夕の日以来だ。

たった、一週間なのに、すごく久しぶりな気がした。


『そっか、よかった』

目を細めて笑う渋谷くんを見ていたら、どうしても昨日ここで泣いていた松原さんを思い出してしまう。


『ななちゃん?なんかあった?』


さっきまで笑っていた渋谷くんが、急に心配そうな声を出して、私を真っ直ぐに見つめる。


渋谷くんの少し茶色のきれいな瞳に、泣きそうな顔をした私がうつっていた。


『なんでもないよ』

『うそ。なんかあった。言ってみ?』

『だから、ないってば』


少し強く言って、パソコンに向かった時、ふわり、と後ろから抱き締められた。

渋谷くんの匂いにまじって、少しだけ塩素の匂いがした。


『言いたくないなら、聞かないけど…。そんな顔されたらほっとけない』




あぁ、もう。

この人はどうしてこんなにも私をドキドキさせるのだろう。

どうして一瞬で私を笑顔にしてしまうのだろう。



『渋谷くん…』

『…ん?』

私が少し動くと、渋谷くんの湿った髪が、私の首筋をくすぐった。

『くすぐったいよ』

くすくすと笑うと、渋谷くんが、私を抱く腕にギュッと力を込めた。


『くすぐったいってば』


こらえきれずに、肩をすくめて、身をよじった。


くすくす
くすくす


渋谷くんが、私の髪に顔をうずめて、首筋に優しくキスをした。


『やめてよ…』


そう言ったけど、渋谷くんはやめなかった。

もう一度だけ、唇をつけると、ふわりと離れて、


『プールで疲れたから、寝てもいい?』

笑いながら、そう言うと、いつものベッドでお昼寝を始めた。


私はパソコンに向かう。
首筋に残るキスの感触に甘く浸りながら。