松原さんは小さく笑って続けた。

『高2の時、初めて同じクラスになって…。高校に入って出来た友だちが、蒼を好きになっちゃって、告白したの。すごく好きで…本当に勇気だして…。それなのに、蒼ったら一言「無理」って』


振り方が残酷すぎる

いつかの桜井先生の言葉を思い出す。


『もー、ムカついちゃって!何様なの、あんた、って。友だちに内緒で文句いいに言ったの』

めちゃくちゃお節介だよね、私。
松原さんは苦笑した。

『なんで、そんな言い方するのよ、って。少しは人の気持ちを考えなさいよ、って言ってやったの。そしたらね…』

松原さんは顔をあげて、窓の方を見た。

『中途半端に優しくする方が、傷付くだろ、って』


その言葉を聞いて、胸が震えた。
直接聞いた松原さんが、どう思ったかなんて、聞くまでもない、と思った。

『それからはご存知の通り、ってわけ。何回振られても、何回冷たくされても諦めきれない。今じゃ、その友だちも呆れてる』

松原さんは、窓から私に視線をうつすと、ふふっと笑った。

グラウンドからはときおり、陸上部の顧問が鳴らす、ピッというホイッスルが聞こえる。


『蒼は、私をこれっぽっちも好きじゃない。分かってるのに。それに、私にだって…それなりに好きだって言ってくれる人いるんだよ。それなのに、どうしてあいつじゃないと駄目なんだろうな…』

最後の言葉とともに、松原さんの切れ長の瞳から、涙がポロリとこぼれた。
長い睫毛を次々にぬらしていく。


『松原さん』


私は彼女の震える背中をそっと撫でた。

どうすることも出来なかった。

松原さんと同じくらい、私も泣いてしまいたかった。


しばらく泣いたあと、私の渡したテイッシュで松原さんは、ちん、と鼻をかんだ。

そのあと、赤くなった鼻を指先でこすって、泣いたらちょっとすっきりした、と笑う。

『ありがとう』

松原さんの言葉に、黙って首を横に振った。


『さ、そろそろ帰ろうかな』

水道の鏡を見て、メイクの崩れを直すと、松原さんは鞄を手にドアに向かう。

『ななちゃん先生、聞いてくれてありがとね』


笑ってそう言った松原さんを見て、やっぱりきれいな子だと思った。