『…あー、もう』

後ろから、そんな呟きが聞こえてきて、思わず振り返ると、渋谷くんが前髪をくしゃっとつかんで下を向いていた。

そして、そのままカーテンをシャっと開くと、中に入り、後ろ手でまたシャっと閉めてしまった。

なんなの、もう。

言わせるだけ言わして。
あー、もうってなによ。
渋谷くんのばか。

声に出して言ってやろうと思ったけど、さすがに生徒にむかって『ばか』は駄目だと思い、我慢した。

仕事しよっと。

そう言えば、渋谷くんの前なのに、思いきり仕事しちゃってたよ。

もしかして、暇そうに見えてない、かも?
うわ、どうしよう。

カーテンの向こうの渋谷くんに、

『ねぇ?私暇そう?』

と聞いてみると、くぐもった声で、

『…暇そう』

と返事があった。
良かった。暇そうに見えてて。

『おやすみ』

声をかけて、

『…あ、そうだ』

思いだした。

『3Dの松原さんが探してたよ。見つけたら、お仕置きするってさ』

『…うわ。だる…』

くぐもった声がそう言って、それが本当にだるそうだったから、私は少し笑った。
それからは二人とも何も話さなかった。

カーテン上では、たくさんの虹の赤ちゃんが乱舞している。

カーテンの向こうには渋谷くんがいる。

静かな保健室に、カタカタカタカタという音だけが響いている。

穏やかな午後だった。