『ななちゃん先生!?』

俯いて歩いていた私は、その声に反射的に顔を上げてそのまま動けなかった。


『ななちゃん先生、わぁー、偶然!!』


外から入ってきた松原さんはそう言って私に駆け寄ってきた。
渋谷くんとしっかり腕を組みながら。



『おしゃれして…もしかして、デート?私たち、映画見に来たの』

松原さんの言葉に、こくこくと頷くのが精一杯だった。



渋谷くんは、キャメル色のショート丈のダッフルコートにデニムパンツ、それに黒のニット帽をかぶっていた。


『いつもと雰囲気が違うから、一瞬わからなかった。ね?碧』


『…うん』


渋谷くんが私の胸元を見て、少しだけ目を見開いた。
すぐにそれはいつものポーカーフェイスに戻ったけど。


なんだろう…。

『…じ、じゃあ、私…行くね』


そう言って、マフラーを巻こうとした時、胸元のハートがしゃらり、と揺れた。


『…っ!』

思わず手で隠したけど、遅いことは分かっていた。


気付かれた。
さっき、絶対気付かれた。



『ななちゃん先生、バイバーイ』



後ろから、松原さんの声が聞こえたけど、私は振り返らずに歩き出した。

だんだん歩調が早くなって、最後には走り出した。
涙があとからあとからこぼれ落ちては地面に消えていく。


『…もう最悪』


足を止めて空を見上げた。
はらはら、と雪が降り始めていた。