『どっちだよ!!』

ギュッと後ろから手首を捕まれた。
ひんやりとした手。
私の大好きな…渋谷くんの手のひら。


『…離してよ…』

『…なんで泣いてんの?』

『泣いてなんかないわよ』

『じゃあこっち向けよ』

『うるさいな、泣いてないってば』

『相変わらず、嘘つくの下手だな』



やめて。
本当にこれ以上。
私を苦しめないで。


『結婚する。これでいいでしょ。離して』

『…よくない』

『っなによ!もう本当いい加減にしてよ!どれだけ私をからかえば気がすむのよ?』

『結婚なんかさせない』

『…はぁ?あなたにそんなこと言う権利ないでしょ』

『でも、すんな』

『…じ、自分だって彼女いるくせに。私のことはほっといてよっ』




思わず振り返って、目を見張る。



どうして…。
そんなに悲しい目をするのよ?



『結婚は…すんな』

やめて。
悲しい目をしないで。


『絶対すんな』



その目は…
ずるいよ。


『…なに言ってんの?っし、しないわよ、バカ!!』

『…本当に?』

前髪の隙間から私をのぞく瞳。
私の心を見透かすように。


『しないわよ、バカ!バカ!!前髪切りなさい!色も黒くしなさい!受験生なんだから!!』

『分かった』

『は、離してよ!!』

『ごめん』

そっと離れた手。
私の手首に残された、渋谷くんのかすかな体温。



『ごめん、とか言わないでよ…。もう、本当意味わかんない。早く授業に戻りなさいよ』

『…うん』



ゆっくりと背中を向けて。

今度こそ、渋谷くんは屋上から出ていった。

『なんなのよ…』


柵にもたれて、空を見た。


『結婚なんか…するわけないじゃん』



バカ。


意味わかんない。

意味わかんないけど。

『結婚すんな、とか言われたら、嬉しいじゃん…』


バカ。


私の…バカ。