食事に手をつけず、ひたすらビールを飲んだ。
ビールが喉を通る時に感じる痛みで、胸の痛みをごまかしたくて。

どうしてこれほど胸が痛むのだろう。
桜井先生と、二人でいることに、どうしてこんなにも後ろめたさを感じてしまうのだろう。
あの時した約束は、全て嘘だったというのに。


『平井先生、大丈夫ですか?』

隣から声がして横を向くと、桜井先生が少し心配そうに私を見ていた。

『…なにがですか?』

ボーッとした頭で、桜井先生を見つめた。
そこにいる桜井先生は、渋谷くんに似てない。
似てないからいい。
目も鼻も唇も髪の毛の色も指も。

『…あの…平井先生?』

それから声も。

『すみません。ちょっと考え事をしてました』

目の前のビールに意識を戻す。
これは何杯目のビールだろう。


『…前に、お付き合いされてる方はいない、とおっしゃいましたが…』


桜井先生が私を見ているのが、視界の隅にうつる。
たぶん真面目な顔で。

『それは…今も、ですか?』


ゆっくりと桜井先生を見た。
あたり。
やっぱり真面目な顔をしている。


『…ええ。いません。…あの、焼酎、頼んでいいですか?』

『…え?あっ、はい。どうぞ』

桜井先生が、なぜかあわてふためいて差し出してくれたドリンクメニューを、真剣に見つめた。


『…あの』

芋焼酎にしようか麦焼酎か、はたまたさつまいもか黒砂糖か…。
悩む…。


『あのー、平井先生、聞いてますか?』

『えっ?あぁ、すみません。何ですか?』

『…あの…それは俺にもチャンスがあるってことですか?』

『付き合ってる人はいませんけど…好きな人が…いるんです』


焼酎のページを見つめたまま、そう答えた。

好きな人がいる。

私を簡単にやれちゃうと思うような、ひどい男。
18歳で生徒で、かわいい彼女までいる、そんな人。



『…しあわせな恋をされてるようには見えないんですが』


桜井先生の言葉に、焼酎から視線をあげた。
ゆっくり横を向くと、桜井先生が私を見ていた。

なに、この人。
意外とするどいな。

『まぁ、そうですね』

私は焼酎に視線を戻す。

『でも、仕方ないです』


決めた、芋にしよう。
私はパタンとメニューを閉じる。

『…俺も、焼酎飲みます。メニュー、いいですか?』

メニューを手渡して、忙しそうな店員さんを目で追っていると、桜井先生が言った。

『平井先生、つらい時は、なんでもいいから楽しいことをしたらいいんです。なんでもいい。気分が晴れるなら、なんだってすればいいんです』

俺も芋にしよう。
そう言ってメニューを閉じると、


『俺、いつでも付き合いますから。飲みたい時は誘ってください。平井先生に呼ばれたら、俺絶対に付き合いますから』

そう言って、店員さんに向かって、すみませーん、と叫んだ。