「おめでとう、瑠璃ちゃん」

不意に部屋に響いた言葉に、あたしは首を傾げた。ひどく嬉しそうにジンは笑って、けれどひどく寂しそうに声を絞って、震える唇が一生懸命弧を描いていた。

「罪を償ったんだ。君は輪廻に還って、次の人生を歩むんだ」

自由に、なったんだよ

そう言って微笑んだジン。あたしはまだ素直に飲み込むことが出来なかった。嬉しいはずだ。この男に扱き使われて、狭い風呂に入って、良いことなんて一つもなかったここからおさらば出来る。
なよなよしたコイツの世話も焼かなくて済む。

それなのに…………

どうしてこんなに、複雑な気分なんだろう。素直に喜べないんだろう。

「転生は明日。別に痛くないよ。ただ、瑠璃ちゃんとしての記憶は忘れちゃうから、新しい魂として生きることになる」

「……え………」

あたしがあたしとしての記憶を無くす、ということは、あたしがジンと過ごしたこの時間も、無かったことになるってこと。

「今日は最後の日だから、好きなように過ごしなよ。おいしいもの巡りするのも良いし、温泉巡りも良いんじゃない?」

ジンはあたしに背を向けて、仕事に戻った。古い、巻き物のようなあれは、あたしみたいに転生する人の名簿だろう。墨で何かを書き込んでいるところを見ると、真面目に仕事をしているようだ。

あたしは黙って、彼の隣に腰掛けた。

「最後だから、一緒に居てあげる」

そう言えば、ジンが驚いたように顔を上げて、泣きそうな顔で笑った。