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着替えの用意や案内は、やはり受け付けの女性がしてくれた。囚人でも随分と待遇が良いんだな、と思いながら入ったシャワールームは、洗い場が明らかに少なく、湯槽も狭かった。

(……最悪………)

体が温まると、体力もすっかり戻っていた。あの男に一言文句でも言ってやろうかと、あたしは鼻息荒く奴の部屋を目指したが、ふと疑問が浮かんで足を止めた。

あたしは、奴の名前を知らない。

教わっても居ないのだ、分かるはずが無い。

バターン!

と派手に音を立てながら奴の部屋に入ると、驚いたのか肩を震わせて弾かれたように振り向いた紅い瞳とかち合った。
あたしは怒りの形相のまま奴に詰め寄った。合わせの襟元を掴み上げ、締め上げる。

「ねぇ、あたしアンタの名前知らないんだけど。罵倒してやろうにも出来ないじゃん」
「何を物騒なことを言ってるの!?」

ガーン、と効果音がつきそうな表情をして男は声を荒げたが、一瞬寂しそうに目を細めた。そして、小さく蚊の鳴くような声で言った。

「名前なんて要らないんだよ、私には」
「はぁ?」

思わず襟元を掴む手が緩む。男は続けた。

「誰も呼んでくれないんだ。私にたとえ名前が有ったとしても、その名前を呼んでくれる人なんて居ないんだよ。だから、そんなの要らないよ」

私はいつも独りだから。

泣きそうに歪んだ笑顔。コイツ、本当は寂しがり屋なんじゃないの。あたしは溜息の後に、口を開いた。

「じゃあ、あたしが勝手に付ける。今日からアンタは──…」

神様……神……god…永遠…天?
えーと……

「ジンだ!」
「捻りが欲しいよ!」

やっぱりガーン、って感じの顔されたけど、その後に嬉しそうに微笑んでたのが見えた。
奇妙な共同生活も、何と無く悪くないような気がしてきた。

……あ、風呂の文句言い忘れた。