「いやぁ、見違えたよ。綺麗になったねぇ」

もしそれが、普通のシチュエーションで女性に向けられたものだとしたら、喜ばない人は居ないのだろう。ただ、あたしは素直に喜ぶつもりにはなれなかった。
思い切り振りかぶって、手に持っていた雑巾を自称神様の男に投げ付けて、残り少ない体力で叫んだ。

「ふざけんなこのハゲ! あさからこんな重労働させやがって!」

そう、あたしはこの男の部屋の掃除をさせられていたのだ。部屋といっても、一応神なのか、馬鹿みたいに広い。
成人三人が一緒に入っても大丈夫そうなベッドに、何やら書類が高く積もった高価な素材を使っていそうな机、椅子。
巻き物やら古い書物が刺さった本棚。
一人で掃除するには広すぎるその部屋を、あたしは朝早くから、いや果たして死後の世界に朝や昼があるのかは謎だが、取り敢えず長い時間行っていた気がするのだ。

「もう何百年も掃除してなかったからさ~、ハウスダストがヤバくて」
「ハウスダストどころの騒ぎじゃねーよ! もう山になってるレベルだよ!」

呑気に話し掛けてくる奴にあたしは怒りをぶつける。ホント、塵も積もれば山となる、を体で体験した気がする。
おかげであたしの囚人服(?)は真っ黒だ。

「よーし、部屋も綺麗になったし。瑠璃ちゃん、適当にお風呂とか入ってきて良いよ」
「マジで!? 風呂とかあんの!?」

なかなか気が利くじゃん。
あたしは早速風呂場にいこうとして、足を止めた。

「………何処にあんの?」
「府庁の一階のロビー抜けたら、囚人用のシャワールームがあるんだよ。そこで汗流して来なよ」
「府庁?」

謎の多い単語ばかりだ。府庁なんて聞いたことが無い。

「ほら、君が死んだときに最初に来たところだよ。美人なおねいさんが案内してくれたろ?」

ハテナを飛ばし続けるあたしに、男は付け加えた。常にニコニコと、表情の変わらない男だ。

「湯槽無いの?」
「あるけど共用だよ。温泉みたいな」

あたしの問いに男は機嫌良さそうに答える。つーか、囚人以外は湯槽って個人用なのか。

「行ってらっしゃい」

背を向けたあたしに、男は言った。

その響きが何だか新鮮で、あたしは暫く呆けてしまった。

『行ってらっしゃい』

もう何年も聞いてない。