むとうさん

数分すると、1人の足音がこちらへ向かってくるのが聞こえた。

武藤さんなのか、さっきの坊主なのか、はたまた他の住人なのか。高鳴る気持ちと不安が入り混じる。

「よぉ。」

無という言葉そのものを表す顔つきと声で目の前の男は口を開いた。そこには何も変わらない武藤さんがいた。

グレーの3つボタンのスーツに黒のペイズリーのゴブラン織のタイを結んで、腕にはゴールドの時計が輝く。

やっぱり、かっこいいなぁ。

あっけない、一瞬の再会にそんなことをぼーっと思っていたら、頬に涙が伝っていく。私は急いで拭う。

「おいおい、どうしたよ。」

少し困ったように、柔らかいトーンで言う。
武藤さんは歩み寄ると、ぽん、と私の両肩に手を置いた。

「…だって、急にいなくなるから…。」

武藤さんはしばし黙ると、ちょっとここじゃなんだろ、と近くの喫茶店へ私を連れて行った。