そう。
私は、1日以上記憶を保つことが出来ない。
つまり、

今日見た景色、聴いた音、過ごした時間、出掛けた場所、友達と話した内容、
友達の名前、家族の名前、
…自分の名前。

何もかも、1日で忘れてしまう。



「君がそうなったのは、3年前からだ。
原因は…、事故による頭部外傷の後遺症。」



私は3年前、事故にあった。
いや、覚えていないから、事故にあったらしい、が正しいかな?
最初は記憶喪失かと思われた。
しかし、毎日のように『ここはどこ!?』『あなたは誰?』『私は…誰?』
といった質問を繰り返し、詳しく検査したところ、
私の脳は萎縮していて、記憶を司る部分がうまく機能しなくなっていることがわかった。
治療法はなく、中村先生も初めて見る症例で、お互い探り探り対応を考えていった。
お互いと言っても、私は毎日記憶喪失だから、考えることなんて、ほぼ出来なかったと思うけど。
それでも私は、なんとか自分の昨日を明日に残そうと、日記を付け始めた。

毎回、『初めまして』から始まる日記。
私は中村先生に少しずつ話を聞き、
自分のことを日記に残していった。

自分の名前、誕生日、年齢、
自分の病気について。

いつか、自分の昨日が明日に残ることを祈って。


だけど、明日の私は、
残酷に昨日の私を消していった。


「3年経った今でも、残念ながら治療法は見つかっていない。」


だが、体は不思議と『私』の異変をゆっくりと受け入れた。
入院している間、毎朝パニックを起こしていたが、
ゆっくりとパニックは起こらなくなった。
なぜ起こらなくなったのかは、中村先生にもわからないらしい。
今は病院には入院せず、
病院の近くのサポート施設で暮らしている。
私の両親は、その事故で両方とも亡くなったらしい。
中村先生は、そんな私のために施設を探してくれた。
この施設には、持病がありすぐに医師の対応が必要な子だったり、体が弱かったり、心の病気の子が暮らしている。
そうゆう子を受け入れてくれる施設はなかなかなく、
寮生活のような感じでゆったり出来る。
部屋もひとりひとり個室で、一見普通の家の一室のよう。




「結論から言おう。



君は少しではあるけど、記憶を保てるようになっている。」


「…え?」

「脳の記憶を司る部分に、少し反応があるんだ。
どの位保てるのかはわからないけど、さっきの検査のとき、大体1週間前のことまで覚えていたね。」

1週間前のことは、ぼんやりとしか思い出せない。
何を食べたか位しか。
食事の内容は、日記に付けることになっているから、確実に合っている。

「それで、そうなった理由なんだけど…

僕の考えとしては、精神的なものじゃないかと思うんだ。」

「精神的…?」

「うん。
最近友達が出来たと言っていたよね?

今まで、友達を作ろうとか思わなかった君が友達を作った。
そのことで、こう、ウキウキしたりとか、学校が楽しいって思ったりしてるんじゃないかな?」


…そうなのかな。
だとしたら、『私』のタイムリミットを延ばしてくれたのは、澪奈ちゃんと蕾君。


なんだか無性に、『ありがとう』って言葉を言いたくなった。