「ほぉ…イブに食事か。良い事だな」
トオルから誘ったという点がこれまた良い。奴にしては気が利いている。
「でもですね、問題は何処で食べるかなんです。多分、有名どころの店は、予約でいっぱいでしょうから…」
「そうだな…」
若者受けのいい店には予約が殺到していると昼間のテレビでも言っていた。そういう時期なのかと、改めて思っていたが…。

「富田さん、何処か良さそうな店、ご存じないですか?」
不意な質問に悩んだ。知らない訳ではないが、知っている所はどこも、クリスマスには不似合いな店ばかりだ。
「知らなくはないが、イブにする食事としては似合わないぞ」
「いいです!彼女と食事するだけの事ですから、美味ければ…」
(おいおい、そんないい加減な感じで、また呆れられるんじゃないのか…)
こだわりがないのはいい事だが、本当にそれでいいのか。
しかしながらトオル本人に任せたら、とんでもない店に連れて行く可能性もある。それだけは、父親代わりとして見過ごしてはおけない。
「じゃあ一軒、顔の効く店があるからそこを紹介してやろう」
店主に電話をかけ、予約を入れた。
「俺の息子代わりが彼女と行くから、美味い物出してやってくれよ」
店主は承知しましたと愛想良く電話を切った。やれやれと肩の荷が下りた俺に、トオルは深々と頭を下げた。
「すみません、富田さん、お気遣い頂いて…」
「いいよ。俺はただ、お前の心のオアシスを大切にしてやりたいだけなんだから」
「心のオアシス?」
メルヘンチックな言葉に首を捻った。奴にはまだ、それが如何に大事かが分かっていないらしい。
「彼女が、お前にとって砂漠のオアシスのように、癒しの存在になるといいと思うんだ。警察官のような緊張の多い仕事をする者には、それをとき解せる場所がいるからな…。彼女はどうだ?そんな相手になりそうか?」
うーん…と唸りながら考えている。付き合いだして三ヶ月そこらでは、まだ判断できないといった所なのか。
「なりそうにないと言えば嘘のような気もしますが、まだ何とも…。先の事など何も考えておりませんので…」
「なんと…!そんな悠長なことでいいのか⁈ お前達、年は若くないんだぞ!」
それともその場しのぎで、遊びのような感覚かと問うと、トオルはとんでもない!と声を上げた。
「遊びとは思っていません!真剣に付き合っています」
顔は本気のようだが、態度がどうにもはっきりしない。
(こんな調子で、相手に誤解されたりしないのか。こいつは…)
「彼女の方はどうだ?イブを一緒にと言うくらいなら、先の事も考えているんじゃないのか⁈ 」
こんな事は、どちらかと言うと女性の方が先行するからな。

「どうでしょう…?そんな話、出たこともないですね…」
「………」
近頃の若い者は、得てしてこんな感じなのか。付き合ってもなかなか結婚しない男女が多いのは知っているが、これが典型的な例なのか。
「それにですね、彼女にはそもそも警察官の仕事の重さと言うか、そういったものが今一つ理解できてないように思うんです」
それが分からないまま一緒になって、もし自分が父親と同じように家族を残して死んでしまった後を考えると、なかなか先の話をしようという気にならないのだと、トオルは付け加えた。
「しかし思案していても、事は先に進まないぞ。本当に真剣に付き合っているのなら、少しずつでもいいから理解してもらえるよう、働きかけないと…」
そんなのんびりした事では、いつまで経ってもオアシスなどになりもしない。休息する枝葉も伸びないまま、立ち枯れてしまったらどうするんだ。
(俺は哲司に約束してる事があるというのに…)