リンゴ狩りへ行くと言っていた日の夜、トオルは地酒を持ってやって来た。

「お土産です」
帰りに『道の駅』で買ったと言う酒は、ほんのり甘口でワインのような香りがした。
「リンゴを発酵させたものが入っているらしいです。富田さんの口には、少々甘過ぎるかもしれませんが」
自分は車の運転があるから飲めませんと残念がる。
その様子から、デートは上手くいったんだなというのは分かった…。
「どうだ?楽しかったか?」
敢えて聞いた。
「はい。…彼女と交際することになりました」
晴れやかな表情の中に、男として締まったものも感じさせる。成る程な。やっぱりそうなったか。
「そうか…そりゃ良かった」
酌をしてもらった盃を彼に向けて上げる。照れた表情のトオルが、ぺこりと頭を下げるのを見て一口飲んだ。
「美味いな…」
いい報告の後で飲むせいか、いつも以上に美味く感じる。この世に哲司が生きていたら、今頃二人で祝杯を上げただろう。

「どんな女性なんだ?」
好奇心を抑えきれずに聞くと、迷いながら答えてくれた。
「面白い人です。チャレンジ精神旺盛で、何でもすぐに試したがって。でも、ノリがいい分後先を深く考えてないから危険も多いし、目が離せません」
「つまり正義感を刺激されたって事か?」
警官の持つ、ある種の使命感みたいなもので、彼女のことを気に入ったのかと思った。
「そうですね…気になる…という点ではありますね。心の内面も少し複雑なようだし…。でもまぁ、それも今日は一部下ろして頂けたんじゃないかと思いますが…」
考えに耽ける眼差しをする。何があったかは知らないが、少し男気が増したようだ。
「どうぞ、もう一杯」
照れ隠しに酒を注ごうとするのを断り、哲司の代わりとして言葉を発した。
「大事に付き合えよ。“ 袖触り合うも多生の縁 ” と言うからな」
「はい…」
神妙な顔をしている。全くもって真面目な奴だ。

「では失礼します」
頭を下げ玄関を出る。庭先を一人歩くトオルの背中を見送りながら、将来の伴侶となるべき女性の姿を想像した。

(今夜もらった地酒のように、ほろ甘い心のオアシスを、彼が得たのなら最高なんだが…)

「……これからが楽しみだな…」
親友に話すように呟いた。
奴の背中を見つめる俺の隣で、哲司が同じように立っている気がしたーーー。


それからひと月経った頃だったろうか、トオルは珍しく時間ギリギリで稽古へ来た。
「どうした。珍しいな。こんな時間に来るなんて」
いつも最低三十分前には来て、精神統一の座禅を組んでいる奴なのに。
「ちょっと…気になる事がありましたので…寄り道をしていたら遅くなってしまいました」
ささっと着替えを済ませ、パンパンと顔を叩いている。まるで邪念を追い払うようなその仕草に、彼女の事が頭に浮かんだ。
(ははん。さては女に会って来たか…)
稽古の前にそんな事をする奴ではなかったのだが、変わったものだなと思っていたらーーー