翌日、昼近くになっても起きない娘を、母親は大声で叩き起こした。

「呆れた…二日酔いらしいわよ」
水を多量に飲んで、風呂に入ると言ったらしい。
「上がったら来るように言ってくれ。話がある」
「……はいはい。伝えときます」
母親の返事があって、大分経ってから、娘は部屋へ入って来た。

「話って何?」
ストン…と向かい側に座った。
いつの間にか綺麗になった娘は眩しくて、直視するのは難しいものがあった。

「美緒は…警察官の嫁になると言うことが、どんな事か分かってるのか?」
あれこれ問い正したい事ばかりだが、まずは事の重大さを認識しているか聞いてみよう。
「うん…まぁ、大体は…」
適当な返事だ。こんな感じでいいのか⁉︎
「いつ何時、命を失くしたり大怪我したりするかもしれないんだぞ。そんな危険な仕事してる奴なんかと…」
結婚させられるか…!とは、言えないよな…。やっぱり…。

こっちの気持ちを見透かすように、娘がキリッと表情を固めた。
これまでも何かを決めた時には、同じような顔をしていた。
「お父さんの言いたいこと分かるよ。確かに危険な仕事だし、もしかしたら…って事もあるかもしれない。でも、だからこそ私のこと、大事にしてくれると思うし、守ってくれると思う…」
きちんと考えているんだと言いた気な娘が、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
幼い日の約束を、ふと思い出したからなのだろう。

「私…そういう人のお嫁さんになりたいの…」
切ない言葉に、胸が痛んだ。
そういう日がいつかは来ると思いつつも、それができるだけ先であるように…と、心の何処かでいつも願っていた。

娘は……

長い間、心身共に不自由な人の世話をしてきた。
人の生死を見つめ続け、
生きることの大切さと、死にゆくことの切なさを
学んだと言っていた…。
そんな娘が選んだ相手…
生きることの難しさを、きっと知っているだろう相手…
だからこそ、ついて行くんだと、決意したのならーー

「もう、何も言うことはない。好きにしなさい」
認めてやるよ…。この付き合いを……。



ーーーあれから…
娘は暫く我が家で暮らした。
一日一日、惜しむように日々を送り、旅立ちの朝、私達にこう言い残した。
「お父さん、お母さんのように、仲睦まじくやっていきます。長いこと、本当にお世話になりました…。ありがとうございました……」

明日からは、別々に暮らすけれど、これは終わりではない。
それを新ためて教えてくれた、大切な娘…。

君が産声を上げて生まれて来た朝…
よちよち歩きで迎えに来た夜…
ランドセルを背負って、通学していた頃…
制服を脱ぎ、社会へと出て行ったあの日……

振り返る思い出はいつも、笑顔と共にあった……。
だからこそ、敢えて、君に言葉を贈りたい。

「ありがとう…私達を親に選んでくれて。 おかげで、幸せな日々だった…」

これからもし、親になることがあったら、君も子供に返してやって欲しい。
受け継いだ愛情は、きっと、何にも増して尊いものになると思うからーーー