「両親…ですか?」
「うん。どんなお仕事をされてるのかと思ってね…」
私にしてみれば、単なる世間話みたいなもんだった。しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。
「私…両親はいません。私が小学校に上がってすぐに離婚して、父に引き取られましたが、その父もすぐに再婚して、私は祖父母に育てられましたから…」
戸籍上の父親と母親はいるが、二人とも子育てを放棄した人間だ。そんな人達を親だとは認めたくないと、彼女は胸の内を明かした。

「なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったね…」
反省しながら謝ると、彼女は首を横に振った。
「そんな事ありません。これまでも散々人に聞かれてきましたから、慣れっこです」
明るくさっぱりした言い方だった。さぞや祖父母に可愛がられたのだろうと思い、こう尋ねた。
「お祖父さんやお祖母さんはお元気かね?」
「………」
無言の返事に、また余計な事を聞いたと悟った。
話題を変えようと口を開いた私に、玉野さんの落ち着いた声が聞こえた。
「祖父は去年の冬、インフルエンザをこじらせて亡くなりました…。祖母はその後から次第に元気が無くなり、今は施設に入っています…」
週末にはいつも面会に行くようにしているが、彼女のことを誰だか思い出せない日もあるらしい。
「そうか…それは辛いね…」
反省しきりだ。年を取るとろくでもない事ばかり聞いてしまう。
「でも、うちのお婆ちゃん、昔から天然な所あったので、今と大差ないんです。ケアワーカーさん達からも可愛がられてるし、癒し系なんだそうですよ」
笑いながら、今日のおからクッキーも、発案者はお祖母さんだと教えてくれた。
幼かった彼女を引き取り、育ててくれた祖父母は、一人になっても困らないように…と、沢山の知恵を授けて下さった。
「特にお料理は助かりました。おかげで私、食べるのに困った事ありません…」
自慢げな顔をしていた。若いからと言って、全く苦労してない訳じゃない。
苦労が多いからこそ、返って笑っていられるんだ……。

(皆それぞれ思う所があるんだな…)

通い出して二年。
今更のように知る事もある。
この老い先短い年寄りにも、生きてる価値があるのだと言わんばかりに……。