「私、去年定年退職するまで、ずっと看護師をして働いておりました。内科に勤務していましたので、ご年配の患者さんがとても多くて。特に療養病棟の患者さんは殆どが高齢者なんですが、その方々の所に、お孫さんやひ孫さんが面会に来られると、皆さんとても良い表情をされるんです。近頃は核家族化が進んで、滅多と顔も合わさないからでしょうけど…」
私の足元を気にしながら、松田さんは保育施設を見せてくれた。
三部屋に分かれている保育室は、昔ながらの木の棚がそのまま残され、落ち着いた飴色に塗装されていた。
「子供さん達と触れ合った後の患者さんの言葉が忘れられなくて、この園を開設したようなもんなんです。この頃はコミュニケーション不足で、何かと事件も多くなっていますでしょ?それを少しでも解消したくて…」
成る程…と、納得のいく説明に頷いた。
「それで退職と同時にここへ戻り、父の残してくれた園舎を使って、地域の方々の役に立つ場所として開放しようと思ったんです」

世代を超えて交流ができるようにと、保育園とデイサービス事業、両方を併設することを決めた。
共に過ごす時間の中で、子供にも高齢者にも、良い影響が出ると考えた。
「実に素晴らしいことだと思いますよ」
私の賛美を松田さんは笑顔で受け止めた。

「ここが交流室です」
保育室とデイサービスの間に作られた部屋は、以前、遊戯室として使われていた大広間だ。
床板以外の場所は全て昔の木材をそのまま使っており、郷愁すらも感じさせる。
「懐かしいですな…。昔を思い出します…」
古き良き木造校舎も、こんな感じだった。窓枠といい腰板といい、全てがあの頃に繋がっていく…。
「ここで園児達と一緒に、昼食やおやつを食べて頂こうと考えています。職員も一緒に食事することで、昔ながらの三世代交流が出来るのではないかと思います…」
そんな深い意味合いがあったとはつゆ知らず、勝手に勘違いしていた。
「それはとてもいい事ですな…。三世代交流…夢のようですよ」

館内を回りながら、最後にデイサービスの部屋を見せられた。そこでは床板だけが新しい物に張り替えられていた。
「木造は冬場が冷え込みますから、この部屋だけ床暖房にしているんです。ご病気のある方にも安心して来て頂けるように…」
元看護師と言うだけあって、さすがに細やかな心配りだ。これは正ちゃんでなくても、ここに通って来たくなる。

「私も此処へ通いたいんだが、手続きは出来るかね?」
一回りして事務所に戻り、開口一番そう聞いた。
「ええ勿論!できますよ!」
彼女は大喜びして、関係書類を見せてくれた。
「此処は原則、送り迎えはご家族様にお願いすることになります。昼食のお弁当もご持参という形式を取りますし、ご家族の協力なしには何事もできない仕組みになっているんですが、先生のご家族様は大丈夫ですか?」
頭の中に総子さんの顔が思い浮かんだ。此処へ通うことを勧めていたのは彼女の方だったが、はて、協力してくれるだろうか…。
「家へ帰って相談してみないことには、何とも言えませんが、多分大丈夫でしょう」
いざとなったら、歩いてでも通える距離だ。造作もない。
「では、こちらの規約をご家族様と一緒にご確認の上、承諾書にご署名、ご捺印下さいまして、こちらにお持ち下さい。是非一度、ご家族様にも施設をご案内したいので、次はどうぞご一緒に…」

門扉まで見送ってくれた。そこで門柱に掛かっている、看板の書の話になった。
「これは…私の母が書いたものです。先月肺炎で亡くなりましたが、開設するのを、誰よりも楽しみにしてくれていました……」
しんみりと話す彼女の、母親への愛情がこの園にはたくさん詰まっている。
古い木造園舎をそのまま残したのも、亡き両親との思い出を、きっと崩したくなかったからであろう。

(全てを新しくしたからと言って、良い物であるとは限らないしな…)
温故知新…この園には、そんな言葉がよく似合う。
古い中に新しい試みが生まれ、始まろうとしている。
そんな中、昔と同じように子供達の声が響き渡らんことを、私は切に願った……。