次の日私は、自分でも驚くほどに冷静だった。
人間全体がこうなのか、私が人間としての感覚を麻痺させただけだったのかわからない。
けど、1つだけわかるのは、その感覚が、自分の中に、もう1人いて、その人と一緒に、他人も、自分の振る舞い方も、客観的に見ることができるようになってたってことだ。
人間全体がこうなのか、私が人間としての感覚を麻痺させただけだったのかわからない。
けど、1つだけわかるのは、その感覚が、自分の中に、もう1人いて、その人と一緒に、他人も、自分の振る舞い方も、客観的に見ることができるようになってたってことだ。
