「Mmm~...la,la....♪」
ぼおっとしている時に、何となく頭に浮かんでくるメロディを口ずさむ。
それを楽譜におこして、ファイルに溜めていく。
学生時代に始めたこれは、今でも私の習慣だ。
プロが書いたわけでもないこの曲は、歌われることなく、ただファイルに溜まっていく。
これも、何時か捨てなくてはいけない。
「今日も綺麗だね、海....」
キラキラ輝く海は、今日も静かに揺れている。
「私も、ここから飛んだら、愛音くんと同じところに行けるのかなぁ!」
笑いながら、静かな海に問うけれど、答えは帰ってこない。
そうだよね、そうだよね、そんなの、自分でやってみなきゃ分かんないよね。
「___海水に溺れて死ぬだけだと思うよ」
後方で声がして、一気に背筋が冷たくなる。
「___君、ここに自殺しにきたの?」
冷たい声、すっかり現実に引き戻されて、こわくて後ろが振り向けなかった。
「ご、ごめんなさい....」
「____何で謝るの?
君の選択なんだから、他人は関係ないよ」
「そう、ですよね...すいませんでした」
「___だから、何で謝るの?」
「あ、えっと....すみ、あっ...えと...」
すっかりあがってしまって、額から冷たい汗が流れ出す。
「____まぁ、そこから飛び降りて誰かに会うのは、100%不可能だと思うよ。飛ばなくてよかったね」
淡々とした調子で彼はそう言って、こちらに歩いてくる。
「_____君、『桜庭詩鳥』でしょ」
「....えっ?」
突然フルネームで呼ばれ、咄嗟に振り返る。
懐かしい学生服を着た、少年。
目も、眉も、鼻も、口も、寸分たりとも記憶の彼と瓜二つな。
彼が愛した、海色の髪と瞳の少年。
「愛音く、ん....?」
「___それは半分しか合ってない回答だね」
眉ひとつ変えず、彼は言う。
その一つ一つの言動が、まるで、機械のようだ。
「_____それ、楽譜?」
自分の手元に注がれる視線に、私はこくこくと頷く。
「貸して」
「あっ...はい.....」
言われるがままに紙を彼に渡して、私はただ彼の顔を見つめていた。
「___Mmm....Mm....la...la....」
懐かしい、歌声。
でも、そこには私が本当に求めている何かが無くて。
涙が一つ、二つ、目から流れ出ていく。
「____詩鳥、何で君は泣いているの」
「違うの、ごめんなさい...違うの....」
「____何が」
「あーーッ!!いたいた!!」
場に似合わない、大きな声が空気を揺らす。
ぜぇ、ぜぇ、と息を荒げた青年が姿を表して、学生服の少年の首襟を掴む。
「___何、流歌」
「外に出たいって言ったら、庭だけに決まってるでしょ!」
「___決まってないよ、外は外だ」
「....ぐぬぬ、屁理屈が上達しておる....」
「相瀬先輩....!?」
「へっ....あっ!カナリアちゃん!?」
眼鏡をかけていないし、茶髪に染めて、肩まで伸ばしてしまっているけど、独特な癖ッ毛ですぐに分かった。
高校時代のよく知る先輩だった。
「いやぁ、カナリアちゃん!綺麗になったねぇ....今は大学生だよね?何年生?」
「二年です、あと、その呼び方そろそろやめてくださいよ...」
「そっかぁ....って、泣いてたの!?
あっ、コイツになんか言われた??」
「____僕はただ、『自殺しに来たの』ってきいてから歌っただけだよ」
「.......このッ!ぽんこつロボット!!なんてこと聞いてるんだよ!馬鹿か!!馬鹿なのか!!」
「____それは、僕の人工知能モデルである『愛音』を馬鹿にしてるって事になるけれど」
「ぐぬぬ....」
「愛音くんが、モデル....?」
ハッとしたように相瀬先輩がこちらを向く。
「ア、ハハッ...えっと、コイツ、愛音の従弟でちょっと変わった奴で....」
「____流歌、動揺が声に表れていて明らかに嘘だとわかるけれど大丈夫?」
「ちょっ...」
「相瀬先輩、どういうことですか?」
「......」
何か言おうとして先輩は口を開くが、観念したのかガクリと項垂れた。
「コイツは『愛音』に協力してもらって作った、人工知能を搭載したアンドロイド、ロボットだよ。
ほら、自己紹介。」
「____『model:AINE_No.0811』」
さっきよりも更に機械的なしゃべり方。
やっぱり、ロボットなんだ。
何時の間にか抱いていた期待が消えて、俯いてしまう。
でも、突然視界が暗くなって、何かに包まれて。
私は抱かれていることに気がつく。
「___僕は、詩鳥に会いに来た」
「....え?」
「えっ!?」
私だけでなく、先輩まで驚きの声をあげる。
「なっ、そんな行動....というか、何でカナリアちゃんの居場所わかってたの?」
「____スマホのGPS」
「何勝手に個人情報ハッキングしてるんだよ!!?」
「____だって、自分でやんなきゃ。
流歌、僕に教えなかったでしょ」
「あの、えっと...」
「ご、ごめんね!コイツ、まだ少し問題があるみたいで...GPS外しとくから、警察だけは....」
「あっ、いいえ、GPSは良いんですけど...いや、良くないですけど....えと、まだ、頭が話題についていってなくて...あと、そろそろ離してもらいたいなぁ...とか....」
「____何で?詩鳥は愛音が好きなんでしょ」
頭が真っ白になって、体から力が抜ける。
そんなこと、そんなこと、そんなこと、
「わ、わた、し....」
「____詩鳥、呼吸が可笑しいよ?」
『詩鳥は呼吸の仕方おかしいから、歌が下手なんだよ』
「愛音くん、ごめんね、私、歌下手で....だから、愛音くんが歌えば....」
息が苦しい、涙が鬱陶しい、愛音くんが、愛音くんが、愛音くんが、もういないのに。
色がだんだん無くなってきて、瞼が重たくなって、私は意識を失ってしまった。