俺のホワイトクリスマス


 十二月某日。
 下校中の俺は、視界の隅に、何か光ったような気がした。
 「――ん?何だ?」
 俺が気になって、そっちの方を見ると、空に何やら黒い影が。
 しかも見つめていると、だんだんこっちに近づいてきて――
 「――きゃああああっ」
 「ええっ、ちょっ、まっ、うわああああ」
 ――俺が避ける間もなく下敷きにされたのは……
 「――っててて、いったい何なんだ?」
 ――そして、俺の上で目を回しているのは……
 「――っ、サ、サンタァ!?」
 ……つまり、そういうことだった。

    1

 俺はどこにでもいる、しがない高校生。
 帰宅中に、突然空から降ってきたサンタの下敷きにされた。――って、なんだこれ。
 ――いやいやいや、だっておかしいでしょ、サンタだよ?サンタが突然空から降ってきたんだよ?どういうことだよ……
 ――と、俺は改めて降ってきたものをしげしげと眺める。
 さっきはサンタといったものの、よく見てみると、俺が思い描いていたサンタとはずいぶんと違うものだった。
 なんせ、空から降ってきたものは――

 ――一人の少女だったからだ。

 しかもかなりかわいい。
 まっすぐに伸ばした黒髪は、さらさらでつやがあり、肌は雪のように白くてなめらか。顔立ちも、少し子供っぽさを残しつつきれいに整っており、ピンクのほっぺに真っ赤な唇。
 まさに美少女であった。
 そんな子を、どうして俺がサンタだと思ってしまったかというと、何のことはない。
 その子が、サンタ服を着ていたからだ。
 サンタ服といっても、この子が着ているのは、よく売り子のお姉さんとかがきている、下がズボンではなく、スカートになっているやつだ。
 そんな子が、突然空から降ってきたのだ。
 俺としては、めんどくさいことになりそうなので、さっさとこの場を去りたいところだったが、かといってこのままここにこの子を放置していくのも気が引けた。
 とりあえずうちにつれて帰って、目が覚めたら帰してやろうと思い、少女に手を伸ば――
 「――ふみゅう……っ!?」
 ――今の状況を整理してみよう。
 俺は気を失っている少女を持ち上げようと、彼女の体に片手を添え、ちょうどのしかかるような体勢になっている。しかも、彼女の服は落下の衝撃で乱れ、スカートも半分ほどめくれあがっている。
 仮に彼女が目を覚ましたとしよう。
 目を覚ました少女がこれを見たら、はたしてどう思うだろうか。
 ――気絶している少女に襲いかかろうとしている変質者。
 さて、この結論が導きだすものは?
 「――へっ、変質者ですうううう!!」
――俺は、その場から逃げ出した。

    2

 「――ごめんなさいっ」
 ――あの後、逃がすまいと追いかけてきた彼女をなんとか説得し、これまでの状況を説明して、今に至る。
 「わたし、助けていただいたのに、いきなり変質者呼ばわりして大声を出してしまって、すみませんでしたっ。あのときは、わたしもいろいろ取り乱していて……。そうですよねっ、あなたみたいな優しそうなお方が、そんなことするとは思えませんっ。ソリから落ちて気絶したわたしを押し倒し、スカートをまくりあげ、コートのボタンをひとつひとつはずし「――わちょちょちょ、わかってくれればいいから、ね?」
 そのままとんでもないことまで口走りそうになった彼女の台詞を遮り――
 ――ん?

 ――ソリから落ちた?

 「おいおいおいおい、ちょっと待てよ。ソリから落ちた、って、それじゃあまるで、本物のサンタみたいじゃ「――はいっ、そうですよっ?」「――って、えっ?あの、クリスマスに子供たちにプレゼントをくれる?」「はいっ」「あの、トナカイが引くソリに乗ってる?」「はいっ」「真っ赤なコートに身を包んだ?」「はいっ」

 ……。

 「……えっ、ほんとに本物のサンタなの?」
 「はいっ。正真正銘、ほんとのほんとに、わたしは本物のサンタさんですっ」
 「――えっ、ええええ!?」
 ――どうやら、そうらしかった。

    3

 「――つまり、プレゼントを配る準備をしていたら誤ってソリから落ちてしまい、そのソリを探し出して帰ることができないと、クリスマスに子供たちにプレゼントを配ることができない――ってことなのか?」
 「――はい……。いつもなら、わたしがいなくなっても誰かが探しにきてくれるんですが、今はちょうどクリスマス前で忙しい時期で……」
 「――おいおい……」
 にわかには信じられない話だった。今まで架空の存在だと思っていたサンタが空から降ってきて、ソリを探さないと帰れない、とか、もう俺の理解はとっくに越えていた。
 ――でも。
 真剣な彼女の表情を見ていると、本当に困っているようで、俺は、いやでも彼女の話を信じるしかなかった。
 「――それで、じゃあ君は、これからその、ソリを探しにいくのか?」
 「はいっ」

 ――この時、俺がどうしてこんなことを言ってしまったかはわからない。
 でも、一生懸命な彼女を見ていたら、その台詞が自然と口をついて出てきた。

 「――手伝ってやるよ」

 「――えっ?」
 彼女は、俺が言ったことを咄嗟には理解できなかったようだ。
 「だからそのソリ探し、俺も手伝ってやるって」
 「――ほっ、本当ですかっ!?ありがとうございますっ」
 彼女は顔を輝かせ――きゅるるるる……
 「――あっ……」

 ……。

 「――とりあえず、なんか作ってやるから座ってろよ」
 「――はいっ……」

 ――かくして、俺とサンタのソリ探しは始まったのである。

   *    *

 ――数日後。

 クリスマスはもう、明日にまで迫っていた。
 しかしソリは――

 ――まだ見つかっていない。

   *    *

 「――くそっ、一体どこにあるんだよ……」

 焦れば焦るほど、集中力はなくなっていく。
 日はだいぶ傾き、今にも沈みそうだ。

 ……。

 俺たちは、お互い無言になっていた。
 口を開くと、諦めの言葉が口をついて出そうだったからだ。

 でも……

 ――そんな沈黙も、長くは続かない。

    4

 「――もう、」――彼女が口を開いた。

 「――もう、いいですよ……。明日になれば、誰かが気づいて来てくれるはずです。そうしたら、わたしは帰れますから……。だから、もういいです――「――いいわけないだろっ!?」

 「そしたらプレゼントはどうなるんだよ!?子供たちはどうなるんだよっ!?子供たちが喜ぶ顔、見たいんじゃねえのかよっ!?そんなに簡単に諦めていいのかよ――いいわけないだろっ!?」

 ――やばい、言いすぎた。

 そう思ったが、もう遅かった――「――じゃあっ!」

 「――じゃあどうすればいいんですかっ!?見つからないじゃないですかっ!子供たちはどうなるのかなんて、そんなの――そんなのわたしが一番わかってますよっ!プレゼントを届けたい。子供たちの喜ぶ顔が見たい……でも見つからないじゃないですかっ!わたしだって、一生懸命探してますよっ!そんなこと言うんだったら――だったら見つけてくださいよっ……わたしのソリを、見つけてよっっ!!」

 ――そう言うなり、俺に背を向け駆け出した。

 「――っおいっ、どこ行くんだよ!?――くそっ」

 日は、もうすっかり落ちていた。

    5

 「――おーい、どこ行ったんだよー?」

 ――だいぶ遠くまできてしまった。
 俺は、彼女の小さな背中を途中で見失ってしまい、行くあてもなく彷徨っていた。

 ――俺が彼女と出会ったのは、ほんの数日前のことだったが、それでもその数日間は、いろいろなことに満ち溢れていた。
 笑ったり、泣いたり。
 時には喧嘩をしたこともあった。
 ただ一緒にソリを探していただけだが、彼女と過ごした時間は、俺にとってかけがえのないものになってしまっていた。

 だから俺は、そんな時間が続くことを願ってしまった。

 彼女とソリを探しながら、心のどこかでは、このままずっとソリが見つからなければいいと思っていたんだと思う。

でも、それは――

 ――小さな神社の前に差し掛かった時、何かが落ちているのを見つけた。
 拾い上げてみると、それはサンタ帽だった。彼女のだ。

 「――ここか」

 ――クリスマスまでは、もう時間がない。

    6

 神社といっても、それはちょっとした山だった。
 長い階段が、どこまでも続いている。

 俺は一段ずつ、踏みしめるようにして上っていった。
 ゆっくり、ゆっくりと。

 そして。
 上り終わった俺の目に飛び込んできたものは……

 ――ソリだった。

 彼女がずっと探し求めていたものが、そこにあった。
 ……なんだ、こんなところにあったのか。
 どれだけ探しても見つからなかったのに、こんなにすぐ見つかるところにあるなんて。

 ――そして。
俺が探していたものも、そこにはあった。

 彼女がいた。
 ソリの前に佇んでいる。
 俺に気づき、振り向いた彼女の目は、真っ赤に泣き腫らしていた。
 でも、彼女の顔には、いつもの笑みが浮かんでいた。

「――あっ、ありましたよっ!わたしのソリ、ありましたっ!!」
「ああ」「これで、子供たちにプレゼントを届けられますねっ!」「そうだな」「……どうしたんですか?」

 俺は、素直に喜べなかった。
 ああ、これで終わりなんだ……って。

 「――さっきはごめんな」「いえっ、そんなことはぜんぜんっ、大丈夫ですよっ。わたしもひどいこと言ってしまいましたし、それに、こうしてソリも見つかりましたし、これでやっと帰れ――あっ……」彼女もやっとそれに気づいたようだ。

 「――お別れですね」「……ああ、そうだな」「いままで、ありがとうございましたっ」「いや、それはこちらこそだ。いままで楽しかった、ありがとな」「いえいえっ、そんなことはっ」「いやいや……」

 ……。

「……ぷっ――ははははっ」

 俺たちは、どちらからともなく笑い出すと、そのまましばらく笑い続けていた。

 ――そして、その時は来た。

 俺は彼女にサンタ帽を手渡してやり、彼女はそれをしっかりと被った。
そしてソリに乗り込むと、俺に向かって言った。「――じゃあっ、わたし、行きますね」
 「――気をつけてな」「はいっ」「また、落ちるなよ?」「わかってますよっ」「じゃあ」「はいっ」

「――行ってらしゃい」

 ――ソリはふわりと宙に浮き、滑るように走り出すと、あっという間に小さくなっていった。

 ――そして代わりに……白いものが降ってきた。

「――雪だ」

 雪は、みるみるうちに降ってきて、あたりを白く染め上げていく。
 いつの間にか、だいぶ寒くなっていた。
でも、俺の心は温かい気持ちでいっぱいだった。

 ――これで、いいんだ。

 ――俺はくるりと背を向けると、その場を後にした。

   *    *

 ――数日後。

 下校中の俺は、視界の隅に、何か光ったような気がした。
「――ん?何だ?」
 気になってそっちの方を見つめていると、何やら黒い影がだんだんこっちに近づいてきて――
 「――きゃああああっ」
 「ええっ、ちょっ、まっ、うわああああ」
 ――俺が避ける間もなく下敷きにされたのは……

 「――ふみゅう……」

 ――そして俺は、俺の上で目を回す少女に声をかける。


 「――おかえりなさい」