ふと、考えて見れば、大分時間が過ぎている。

この山越えのトンネルも確かに通常長いと思っているが、せいぜい5分くらいである。

目が覚めたのはすでにトンネルの中だったから、それから今の状況を考えれば、5分どころではない。

それにも関わらず、車窓に写る景色は真っ暗なままだ。

「終点ないって?!」

状況が飲み込めない。

あわてふためく、自分とは対象的な清水可奈は、青白い顔から、切ない表情を向ける。

「優ちゃん。どうして…この電車に乗ってしまったの…。」

「いや、それは終電に乗り遅れてしまったから…。臨時だって聞いてたし…。」

しばらくの沈黙の後、可奈は睨むように低い声で言った。

「これから、車掌が検札に来るけど、お願いだから、決して声をあげないで」

「何があっても、決して声をあげては駄目。」

何故と言う疑問の前に、彼女に念を押された。

不思議と抵抗することもなく、彼女の指示に従う。

それというのも、車内の異様な光景は、凄みを増した。

青白いのは照明の関係だと、無理矢理思い込んでいたが、流石に通路を挟んだ隣の人間が透けて見え始めたところで、恐怖を越え、身体が硬直したのだ。

しかも、映画で見るゾンビのような干からびた人間さえも座っている。

車内の照明も付いたり消えたりを繰り返し、とうとう明かりは落ちた。

真っ暗になると思っていたが、いつの間にかトンネルを抜けているらしく、外の明かりが入ってきている為、車内は余計に不気味に感じる。

隣の可奈をチラッと見た。

うつむいていた為、顔は見えない。

膝上に重ねていた白くて細い手が、更に細く思えた…。白く細い指と思っていたのは、皮も肉もない指の骨だった。

恐怖は頂点に達する。

大声を上げそうになった口を押さえて、声を漏らさないよう必死だった。

化け物となった可奈の忠告を利かなければ、もっと恐ろしい事が起こる気がしたのである。

さっきまで気がつかなかったが、かび臭さと生臭い空気が車内に充満し、叫びとも呻きともつかない声が低い声があちこちから聞こえてきた。

最初から変わらない、線路の上を走る電車の車輌音だけに、神経を無理矢理集中する事にした。