「野球部暑そー…」

苗の声で、我に返る。

「よくこんな日に練習出来るねぇ…あたしには無理だわ。」

南が溜め息を漏らしながら言う。

苗は暫く野球部の練習を見ていた。

「…わらず速いね…」

何か声がしたので、前を歩いていたあたしは振り向く。

「え?何てー?」

「ん?いや、エースの球速いなぁと思って。」

…やっぱりそう思う?

なんて思ったり。

自分の事じゃないのに、何故か誇らしげに感じ、評価されると嬉しい。

「戸谷君凄いよー、小学校の時からエースなんだって。」
この事知ってるのは、女子ではあたし位かな?

そうだと良いのに、と頬が緩む。

「へー…凄いんだ。」

苗は戸谷君を横目で見た。

…苗が戸谷君に一目惚とかしたらどうしよう。

戸谷君を見ている人がいると、不安になる。

「てか、何でそんなこと知ってるの?」

「えっ、塾が一緒!!」

思ったより大きな声で答えると、苗は興味無さそうに「ふーん…」と呟いた。

ちょっと反応して欲しかったけど、苗が戸谷君に一目惚する事は無さそうだったのでホッとした。
**************

翌日は塾。

戸谷君と会える日。

「て…昨日も会った…か。」
会ったというより見たのかな、一方的に。

鏡と向かい合って髪を結いながら考える。
そしていつもの様に、気を引き締める。

「…話せるかな。」

あたしは息を吐いて家を出た。

まだ8時半なのに太陽はもう照り付けている。

(日焼止め塗ってきて良かった…)

滲み出始めた汗を拭いながら、なるべく日陰に沿って歩く。

もう夏か…

和に初めて来たのもこの時期…いや、もう1年経っている。速いものだ。

一歩足を踏み入れれば見慣れた職員室や優しい先生達、教室に続く廊下。

そして教室のドアを開ければ


「おはよー…」
「…おはょぅ…」




戸谷君がいる。



久しぶりに交わした、消え入りそうな声量の挨拶。

でもそれだけで一日頑張れる気がする。

単純?そうかもね…。

でも事実。