苗の表情は、また暗くなった。
元の表情がこうなのかもしれない。笑顔が作っている表情なのかもしれない。
そんなことを考えている間にも、歓声は何度もあがっている。
ボールを受けるのは滑川君。
そしてそれを凄い速さで投げるのは戸谷君。
「デカいボールって投げにくいな…」
さっきから戸谷君はずっとそう言っている。
その割には内野の味方は増え、相手の内野は減っている。

ピ――――――ッ

試合終了の笛が鳴る。
「やった、1組勝った。あたしの挑発のお陰ね。」
既に試合観戦では無く、読書を始めていた苗が顔をあげて言う。
「お疲れさん。」
苗は柵から身を乗り出すと、滑川君に言い、滑川君は苗に向かって笑いながらピースサインを送った。
一方戸谷君はこっちをあまり見ようとしない。
そして顔を合わせぬまま、あたしは自分の試合に出た。

*********

試合が終わり、昼休み。
戸谷君に会いたいという期待を胸に、郁那と一緒にフロントの自動販売機に向かった。
フロントは水分補給の為に集まった羽坂の生徒達で埋まっている。お茶一つ買うのも困難な状態だった。
それでも何とかペットボトルの緑茶を一つ買い、人通りの少ない廊下に避難した。
「苦しかったぁ!!」
「付き添いの私に一口寄越しな。」
キャップを開ける前にボトルは郁那に奪われた。
「コラ!!郁那!!」
「あ、誰か来た。静かにしなさい。」
郁那はあたしの後ろを顎で指す。
あたしは半信半疑で振り返った。


あ、ホントだ。

ガヤガヤと煩い集団が、こちらに向かって来ている。
その中で一人静かな人がいた。
戸谷君だ――。
心臓が高鳴る。
戸谷君と愉快な仲間達はあたしの近くまで来ると分裂して自動販売機に向かい、戸谷君は立ち止まって壁に凭れた。