「…やるじゃん、識。」
苗が口笛を吹く。強い目付きの苗が口元を緩ませると、何か企んでいる様な表情になる。でも、優しい面影のあるその顔には、嫌味がない。



あたしは見入ってしまった。



「いつからボール二つになったの。」
郁那の声で我に返る。が、質問の答えはあたしには分からない。戸谷君ばかり見ていたし、苗と話していたから。
「さっき先生が、決着つかないから、って増やしてたよ。」
なんと、答えたのはあたしと話していた苗。
滑川君に話しかけながらも、あたしと話しながらも、苗はちゃんと周りを見ていた。
そんな苗に感心した。

一方滑川君は二つのボールをキャッチしたものの、標的に迷っている様だ。
戸谷君や滑川君のいる1組グループはほぼ全滅。そして相手の2組グループは、1組をほぼ全滅に追い込んだ人達だ。
滑川君は小さく溜め息を吐いた。
「投げるのは、お前の役だろ。」
そう言って、片方のボールを戸谷君に向かって投げた。
「…オッケ。」
ボールを受け取った皐は腕をならし、奥の方にいる標的に向かって投げた。
ボールは派手な音を鳴らし、標的に当たる。
再び歓声があがった。
「ばっか、皐強く投げ過ぎだっつの!!」
「ごめん、ミスった。」
滑川君からもう片方のボールを受け取りながら、戸谷君は呟いた。そして外野スペースに来た、先程の標的に向かって軽く頭を下げる。
「…すみません、強過ぎました。」
素直で、何故か敬語になる戸谷君が可愛くて、あたしは吹き出した。慌てて口元を押え、隣の苗をちらっと見る。
「………?」
さっきまでの強い目付きでは無かった。
むしろ悲しそうな顔でジッと試合を見ている。
あたしの視線に気付かないのだろうか、次は腕に顔を伏せた。
「……どうしたの?」
苗の顔を覗き込む様にして問い掛ける。
苗はバッと顔をあげると、また微笑み、「眠たくて。」と答えた。