ホントは好きだよ。大好き。だからずっと見てた。
見てるだけで幸せになれて、心がすっきりするから…。


(…こっち向いて…)
心の中で叫んでみる。きっと届かない、と思いながら。それでも少し期待しながら。
でも、少しの可能性にかけるのも良い事だ。
すると戸谷君の身体の向きが変わり、目が合った。
驚きと嬉しさで身体が固まる。
戸谷君はずっとこちらを見ている。
突然の出来事を、現実として受け入れるのには時間がかかった。
それほど戸谷君と顔を合わせる事は少ない。
心臓の音が煩い。手が震え始めた。
「が…頑張れ!!」
急に言葉が出た。
簡単で単純な言葉。
自分で言ったのが信じられなくて口元を押えた。
すると戸谷君は笑い、小さく頷いた。


ほら、まただ…。


嫌なことを全て忘れてしまえそうな、幸せな感覚…
戸谷君とのコミュニケーションでのみ感じられる気持ち…




あたしはまた言葉を失った。

その時、隣にいた苗がまた身を乗り出した。
「外野さーん、外野さーん。」
下に向かって叫び、周囲の視線が集まる。
流石にあたしもギョッとした。
戸谷君と識と言われた男子も苗を見る。

「滑川君が暇そうなので、当ててあげてくださーい。」
滑川…識…
合宿の自己紹介で、戸谷君の次だった人だ…
今思い出した。あの二人、合宿の時から一緒にいた。
そしてその滑川君は引きつった顔でこちらを見ている。
「苗!!お前な…うわっ!!」
苗の言葉で外野は近くにいた滑川君を狙い始めた。
上手く避けながら滑川君は苗に向かって何か叫んでいる。
「ばか苗!!覚えとけよ!!」
苗は隣で不敵な笑みを零している。
……怖いよ。

視線に気付いたのか、苗はあたしにニッコリ笑いかけた。


苗の笑顔に応えようと、あたしも頬を引きつらせながら笑った。
その時、周りから歓声が上がった。
気がつくと、郁那や南も身を乗り出して試合を見ている。
あたしと苗も視線を試合に戻した。
いつの間にかボールが二つに増えている。
ボールはどちらとも、滑川君の手にあった。