古霜先生と初めて会話を交わしたのは高校一年生のときだった。
 一週間毎に場所が変わり、掃除当番になっていたので、一人で化学室へ来た。

「先生・・・・・・」
「どうした?」

 最愛が来ると思っていなかった古霜先生は驚いていた。

「ここの掃除当番になりました」
「今日からか」
「はい」

 古霜先生はその一言で納得して、最愛に椅子に座るように促した。

「遅れないように来たんだな」
「まあ・・・・・・」

 そういうわけではないがと思いながら、椅子に座る。

「昨日より気温が低いな」
「そうですね。その上、雨が降ったら嫌です」
「今日は降るみたいだ」

 最愛は窓の外を見ながら、憂鬱な気分になる。

「寒くなるから?」
「それもありますけど、嫌な気持ちになるから・・・・・・」

 その言葉の意味がわからなかったのか、古霜先生は最愛が言ったことを繰り返した。

「傷ついているように思えて・・・・・・」
「何が?」
「空です・・・・・・」

 そのとき古霜先生がどんな顔をしていたのかはわからない。窓の外を見ながらずっと話していたから。

「そういうことを考えながら、いつも空を見ているの?」
「たまに考えますね」

 一瞬、互いに何も言わなくなり、すぐに古霜先生が誰にも聞こえないような声で何かを言っていた。

「だから空を見るときも表情を変えるんだ」
「何ですか?」
「いや・・・・・・」

 聞き取ることができなかった最愛に首を横に振って、同じように空を見た。

「誰かを好きになったことがあるか?」
「い、いえ・・・・・・」

 はっとして顔を上げてからすぐに否定した。

「だったら、安心だな」
「何が安心ですか?」