いつもより濃いメイクに派手な服を着る。



バイト先は電車で二駅のところだ。



鈴丸が学校で変な噂を立てられないように。



「…よし。」


靴を履いて、駅に向かった。




ーーーーーー




電話で指定された時間は3時。


鈴丸には今日出かけていることを言ってあるし、大丈夫。



地図を見ながら店を探す。



まだちょっと早いし、ゆっくり行こう。



そう思って歩いていたところ。



ドンッ



「!すみませ…っ」


「いえこちらこそ!…え?」



電話をかけている男性にぶつかった。



「…は?直季…?」


「…恭平。」



…何で…。



「今日はこのまま直帰します。…はい。失礼します。」



恭平は電話に向かって早口で喋ると、すぐに直季に向き直った。



「お前なんでこんなとこに…」


「恭平こそ…。」


「俺は営業の帰り。…あ。悪いなんか落とした…」


「っ待って!」



恭平がひょいっとさっき落とした地図を拾い上げてしまう。



「…え?」


「返して!」



乱暴に地図を取り上げる。



「…お前…。」


「…。」



思い切り顔をしかめる恭平から目を逸らす。



「ちょっと来い。」


「っなんで…」


「いいから。」



鋭く言われて言い返そうとした口を閉じる。



「来い。」


「…。」



そのまま手を引かれて人目の無い路地裏まで連れていかれた。



「…この店行って、お前どうするつもりよ?」


「…どうするって…。」


「ここで働く気?」



まっすぐに見つめてくる恭平の顔を見れなくて俯く。



「…そうだよ。」


「…。」


「…っお金がないの。今の仕事だけじゃ鈴丸を食べさせることも出来ないの。」



キッと恭平を睨みつける。



「止めても無駄だから。あの子を育てるためだったらあたしは何でもする。」


「…だから。」



無表情に恭平が直季を見つめる。



「…知らねぇおっさんに抱かれても平気って?」


「…。」


「知らねぇ男とセックスしてもらった金で自分の息子育てるのかよ?」


「…るさい、うるさいっ!」



掴まれていた手を振り払う。



「大学も卒業してないあたしなんて、どこの会社も取ってくれないの!だからこんなところでしか働けないんじゃない!」



ぎりっと恭平のスーツの襟を掴みあげる。



「っあんたみたいなエリートにはわからないかもしれないけど、モラルなんかに構ってる余裕はないのよ…っ!」



絞り出すような声に、恭平が眉間に皺を寄せて直季の肩に手を置く。



「…じゃ、なかったら…誰がこんなこと…。」



手から力が抜けて恭平のスーツを離す。


そのまま顔を覆った。



「…そう、だな、悪い…。」


「…。」



ふるふると首を振る。



…やってしまった。


恭平はただ心配してくれただけなのに。



「…ごめん、八つ当たりなんかして。」


「いや…。」



顔を上げると恭平が目にかかった髪を払ってくれた。



ふわりとタバコの香りが漂う。



それに気を取られていると、恭平が口を開いた。



「…直季。」


「…何…?」


「……俺の部屋に来い。」



真顔でそう言った。



「…は…?」



直季の目がみるみる見開かれる。



それに構わず恭平が続ける。



「俺と結婚しろ。お前の面倒も鈴丸の面倒も責任もってみてやるから。」


「はぁ!?」



思いっきり叫ぶ。


「何?何言ってるの!?」



若干パニックになりつつある直季に、恭平が落ち着いた様子で説明した。



「俺は親に結婚しろって催促されてる。お前は生活が苦しい。だから俺とお前が結婚して俺がお前たちを養えば利害が一致するだろ?」


「…ば……っかじゃないの!?そんなんで結婚なんて…」


「俺。本気よ?」



ふっと笑って直季の顔の横に肘をつく。



「俺も結構切羽詰ってるから。親が決めた見たこともねぇ女と結婚して子供作るなんて無理無理。」


「…。」


「絶対途中で投げ出したりしない。お前に金が貯まったら離婚すればいい。」



あんぐり、という言葉がこれほど当てはまる状況が今までにあっただろうか。



直季はあんぐりと口をあけて恭平を見つめた。



「鈴丸に苦労させたくないんだろ?」


「…っ」



それは…。



「…一度、鈴丸に会って。鈴丸が嫌っていったら結婚はしない。」



そう言うと、恭平は納得した顔で直季から離れた。



「…ま、そりゃそうだな。じゃあ話しといて。」


「…わかっ、た。」



コクン、と頷くと、再び手を引かれて大きな道まで案内してくれた。



「帰ろう、直季。」


「…うん。」



地図をゴミ箱に捨てて、恭平と駅までの道を並んで歩いた。