「課長と直季さんってーホントに似てますよねー。」



ボケッとした顔の乙女がコーヒーを飲みながらしみじみと呟く。



「「…。…どこが。」」



ひとつはタバコをくわえたままの聞き取り辛い低い声。


もうひとつは心底げんなりしているような涼やかな声。



平日の昼休みのいつもの光景である。



株式会社D-64


主に健康グッズを手掛けるそれなりに知名度はある会社。


因みに会社名の由来は、大治郎という名前の社長が64歳のときに立ち上げた会社だからだそうだ。



そんな会社のすぐ近くにある小さなカフェ 。



「恭平、煙い。」


「先輩を呼び捨てにすんじゃねぇよ。」


「人の話を聞け。」


「そっちこそ。」



うっとーしそうに煙をあおぐ女性。


それを受けてわざと煙を吐きかける男性。



「帰れ。」


「嫌。」



…一応、カフェのオーナーと客の関係なのだが…。



「大体先輩っていつの話だよ。昔のことをいつまでもグチグチグチグチ…」


「先輩はいくつになっても先輩だろーが。そもそもお前高校の時も呼び捨てだったし。」



ぐりぐりと灰皿にタバコを押し付けながら立っている直季を見上げる。



「呼び方なんて何だっていいでしょ。ったく細かい男。藤ちゃんもこんな男が上司で苦労するね。」


「んーまぁはい。そうですね。」


「そこは否定するとこだ藤村。」



高校時代の先輩後輩の関係だった恭平と直季。


そしてその高校出身の藤村。



同郷のよしみでなんとなく気が合い、昼休みの怠い時間を過ごす仲だ。



「コイツ会社でどんな感じなの?この歳で課長なら優秀な方なんだろうけどさ。やっぱ嫌味ったらしい?」


「うーん嫌味というか…適当にやってるようにしか見えないのに手早く正確に何でもこなすんで、こっちのプライドが傷つくというか…まぁ嫌味に属しますかね。」


「あーなるほどね。わかるわー。」


「…そういうのって本人がいない場所で言うべきだと思うんだけど。」



恭平が2本目のタバコに火をつけながら直季と藤村を睨む。



「あとコーヒーに対してのこだわりが強すぎて困る。」


「へぇ?例えば?」



カフェのオーナーとして、興味深そうに耳を傾ける。


「うーん薄いのも濃いのもダメだし、ちょっと温くなろうものなら…」


「なろうものならなんだよ。何にもしてないだろ!」


「へーあたしは言われたことないけど。まずいと思ってんなら下げるよ?」


「…まずかったら毎日飲みになんか来ねぇだろ。」



バツが悪そうに恭平が目を逸らす。



「そうそう。ここで舌が鍛えられちゃってるから会社のコーヒーがまずく感じちゃうんですよねー。」


「あら嬉しいこと言ってくれるね。そんな藤ちゃんに、はい、クッキーあげる。」


「やったー!」



焼きたてのクッキーを出すと、子供のようにほおばる。



「えー俺は?」


「あんたはほら。」



同じく焼きたてのスコーンを出す。


恭平があまり甘いものが好きじゃないのを知っているからだ。



「2人とも常連さんだしね。あんたたちがあたし達の家計を支えてくれていると言っても過言ではないし。これはそのお礼。」


「うわ。直季がまともなこと言うときっしょいな。」


「はい恭平のは没収。」


「わあちょっと待て!」


「課長も素直じゃないですねぇ。嬉しいなら嬉しいって言えばいいのに。」



早くもクッキーを食べ終わった藤村が物欲しそうに恭平のスコーンを見つめる。



「…お前食うの早くね?」


「むむっ!課長ってホントオトメ心をわかってないー!」


「いや乙女とかじゃなくてお前のは本当に早食いの大食いだから。」


「むううっ!そんなんだからいい歳して恋人もいないんですー!」


「うるせー。」



藤村の目線からスコーンを守りながら食べる。



「ふーんまだ出来てないんだ。結構長いよね?何年?」


「…知らねぇ。あー藤村、口に食べカスついてる。ったくお前はいくつだよ。」


「ええっ!ちょっとお手洗い借りますねー。」



藤村が鏡を見に席を立つ。



最年少が居なくなり、途端に会話のテンポがゆっくりになる。



「あの子、元気か?」


「鈴丸?元気だよ。」


「今いくつだっけ。」


「今年で8歳。」


「あーそっか。お前が20の時の子だもんな。」



そう言われて、はた、と気づく。



「うわ…あたしもしかしてアラサー?」


「あ?あー…そうだな。もう立派なおばさんだよ。」


「うっわ結構ショック…。この前鈴丸が生まれたと思ったのに…。」



年を取るにつれ、どんどん時が経つのが早くなっていく。



「…早いな。…もう8年たったか。」


「…。」



一瞬直季が、悲しみを帯びた笑みを浮かべたが、藤村が戻ってきたことによって、すぐまたもとの笑顔に戻った。



「ちょっと課長!私つけまつげ外れてたじゃないですかっ!」


「は?知らねぇよ。」


「あんなに近い距離にいるんだから気づくでしょ!もう恥ずかしいなぁっ」


「だーから知らねぇって!大体俺はつけまつげは嫌いだ!なんか怖いし!」


「だって私つけまつけないと顔がものすごく薄いんですもんー!みんながみんな直季さんみたいにはっきり二重、ロングまつげじゃないんですー!」



恭平がまじまじと直季の目を見つめる。



「…まぁ直季は目尻にシワが…」


「恭平…?」


「…なんでもないです。」



凄まれて一気に萎縮する。



「てゆーかあんたたち、時間大丈夫?」


「は!やばいですー!」


「うっわ俺午後一で会議あるんだった!」


「あーじゃあお会計は明日でいいよ。急いで帰りな。」


「悪い!」


「ごちそうさまでしたー!」



バタバタと帰っていく二人を見送って、カップを片付ける。



もうしばらくは、お客さんも来ない。



「…。」



そっか…もう8年たったのか…。