蘭子は誰もいない廊下を一人、歩いていた。



全校生徒はまだ校庭で“高校生の主張”を聞いているところだろう。






すると、誰もいないと思っていた廊下の影から、不意に一つの人影が現れた。





「…夏樹?」




蘭子の幼なじみの神谷は、「お疲れ」といつも通りの落ち着いた声で言う。




その視線はまるで全てお見通し、だとも言っているようで…




蘭子は居心地が悪い。





「…見てたの?」



「声は聞こえなかったけど」



「あっそ」




蘭子は無言で神谷の横を通り抜けようとするが、トンッと、壁についた長い腕に行く手を阻まれる。





「…なに?」



「ありがと。結果的に蘭子が、希咲ちゃんの背中を押してくれたから」



「…夏樹、希咲ちゃんのこと好きだったんじゃないの?何アッサリ身引いちゃって」



「うーん、だってもう、湊くんには敵わないの分かったし」



「ふーん」





昔からこうだ。


何にも、執着心がなさそうに見える神谷。何事も容量よくこなすくせに、あっさりそれを手放したりするから蘭子には理解不能である。





「…いつか後悔するよ、ずっとそんな調子だと」





軽く睨みながら蘭子が言うと、神谷はちょっと驚いたような顔をして、そしてすぐにいつもの優しげな微笑に戻った。






「…大丈夫。本当に大事なものは、絶対手放さないって決めてる」



「…ふーん」





やっぱり夏樹はよく分かんない。一体何だ、本当に大事なモノって。あたしから見れば全部大事なもののように見えるけど。




蘭子は内心首をひねりながらも、ニコニコしている幼なじみに、考えることを諦める。




無理無理、夏樹の考えてることなんてわかりっこない。





「…いこっか」




2人は隣に並んで歩き出す。





誰よりも分かっているようで、実は誰よりも分かってないのかも。








―――幼なじみは奥が深い。