それだけで、自分が特別に思えたの。
それだけで、前に進めると思い込んでたの。
だけど。
現実は余りにも黒くて―。
「今度の櫻田の相手は随分と悪だねぇ。中堀ってどっかで聞いたことあんなとは思ってたんだよなぁ。」
屋上の、喫煙所。
一人の男と、噂好きの女達が集まって。
「えぇ、でもぉ、櫻田さんのお兄さんだって噂でしたよぉ?」
「兄貴??いや、どう考えたってちげぇだろ。櫻田は出身ここじゃねぇし。俺高校違ったけど、ここらへんが地元だから、中堀のことは知ってるよ。有名だったし。しかもイケメンなんだろ?絶対あいつしかいねぇ。」
じわりじわりと、広まっていく。
「えぇ!嘘だったのー?!超ひっどぉい。あの女、性懲りもなく!」
「とうとう手付けるとこなくて、会社の外、進出したんだぁー!」
「櫻田さんと仲良くしとけばお近づきになれるかと思ってたのにぃ~!!」
「っていうかぁ、それで、何が悪、なんですかぁ?」
媚びるように、長い髪を耳に掛けた女が訊ねた。
悪意のある笑みで、全員が、染まる。
「そりゃ、ひどかったよ、中堀は。あいつと目が合っただけで全員血祭りさ。」
煙草の灰が。
赤く光って、落ちた。
やがて、黒い、灰になって飛んで行く。
「あいつ、確か―」
同時に、黒い噂も、落とされて。
「施設出じゃなかったかな。」
風に吹かれ、飛んで行く。