詐欺師の恋

それは、ほんの、一瞬の出来事で。



目を閉じることもできなかった。



直ぐに離れた唇の持ち主は、まだ触れそうな距離のまま、ちゃっかり閉じていた瞼を開き、私を見つめる。




『送ってく』





相変わらず長い睫毛。



大きな茶色い瞳。




あーあ、本当にずるい。


この、元詐欺師。



こうして、私の心を繋ぎっぱなしにして。






『もう、戻ってこないかもしれませんよ』





『それは、寂しいね』





私が帰ってくることを、絶対に確信しているに違いない。





ぽんぽんと、子供をあやすみたいに、私の頭を撫でて。




ゆっくりと手を引いていかれたら。




言うとおりにするしかないじゃないの。




こんな、ドキドキな展開、昨日までは想像もつかなかったんだもん。




身体も心も付いていけない。



だけど、これだけは言える。




着信音が間違っていなかったら!



マナーモードだったなら!



そもそも、あのタイミングにお母さんが電話なんか掛けてこなかったなら!





もっと甘ったるい時間が、あった筈。




…多分。





悔しさと恥ずかしさと照れとで悶々としながら、私は中堀さんの手を握り返した。