翌朝ーーーー


「水原さん、ちょっといいかしら?」


いつも通り家をでて、いつも通り登校し

いつも通り教室に着いて一限目の準備を

終わらせたとき、気の強そうな女の子が

私の前に仁王立ちした。


……やばい、完全に忘れてたよ。



「……(フルフル」



ダメもとで首を横に振ってみたけど

拒否権はないらしい。

女の子は勝手に喋りだした。

いつの間にかその仲間であろう

他の女子生徒も周囲に群がってきている。



「あなた、馨とどういう関係?

昨日馨からあなたに一緒に帰ろうって

誘いがあったみたいなんだけど

どういうことかしら?」

「私、駅前のクレープ屋さんで二人が

一緒にいるの見た!」

「クレープ分けあいっこもしてたよね!」

「しかも馨君が話してるのに

携帯いじってるとか態度悪くなーい?」

「水原さん、いつもそうだよね。

二葉さんと話してるときも携帯触ってる」

「えー、感じ悪い!!」



矢継ぎ早に浴びせかけられる質問と悪口

待て、後半は馨関係なくない?



「ちょっとあんたたち…!!」



突然、二葉さんことあゆみが立ち上がる。

この子は私の高校唯一の友達で

一年のときから同じクラス。

当然私の病気のことも知ってて

馨の次に私を理解してくれてる。


遠慮のない言葉の嵐にキレて

しまったらしく、きれいな顔が

怒りに任せて思いきり険しくなっている。

美人が台無しだよ。



「なによ二葉さん、あなただって

そう思うでしょ!?」

「……勝手なこと、言ってんじゃないわよ」



あ、やばいこれガチだ。

本気で怒ってらっしゃる…。

ちょ、どうしよう…



「す、ストーップ!」



なすすべもなくアタフタしていると

今にもキャットファイトが始まりそうな

教室内に、聞き覚えのある声が響いた。

藍田君だ。



「何よ、誰よあんた!」

「男子は引っ込んでなさい!」

「え、ちょ」



頑張って止めようとしたは良いものの

あまりの剣幕にタジタジしている。

なんだか申し訳無い。

それでも気の強い女の子達相手に

藍田君は意を決したように立ちはだかった。



「そういうの、良くないと思う」

「はぁ?」

「だ、だから!そんな風によってたかって

一人を攻撃するのは良くないって!

いくら水原君のファンで好きでも、

だからってしていいこと悪いことがある!」


「あんたにそんなこと言われる筋合い無いわよ!」

「ある!!!」



突き放すような言葉に、さっきよりも

明らかに大きな凛とした声で藍田君は

叫んだ。



「水原さんは大事なクラスメートだ!

いつも静かで事情があって周りと

関わろうとしないから誤解されやすい

けど、本当はすごくいい人で……その、」


そこまでいって、藍田君は視線を泳がせた。

どう言えばいいのか考えあぐねている様子だ。


「それは馨の件に関係ないわ!

どんな人間だろうと抜け駆けしたことに

私達は怒ってるの!」

「貴女、今から一緒に来なさい。

どういうことか分からせてあげる」


まずい。

そう思って、あまり知らない人相手に

使いたくはなかったが、携帯を取り出した


「ちょっと!それ、何に使うつもり!?」

「助け呼ぶつもりじゃない?」

「奪って!!!」


ちょっと待って。そうじゃない。

咄嗟にそう声にだそうとしたけど

出るのはヒューという気の抜けた空気の

音だけだった。


瞬く間に藍田君は押し退けられ、

私は5、6人の女の子に取り押さえられた。

携帯も取り上げられ、なす術もない。


いつのまにかあゆみも押さえつけられている。

どうにか彼女だけは逃がしてあげたい。

けど意思の疎通すら出来ない私に

何ができるわけでもなく、

自分がどうしようもなくもどかしくなった。

無力な自分が悔しくて、ぐっと拳をにぎる。


「何よ、反撃でもするつもり……?」

「……」


私のすることは尽く裏目にでるらしい。

違うという意味と怒りをを込めて

リーダー格の女子を見上げる。


案の定気に入らなかったらしく、

ぱしんという乾いた音が教室に響いた。

遅れて、頬にじんじんとした鈍い痛みが

ゆっくりと広がっていく。

リーダーさんに平手打ちを食らったのだと

ぼんやりと認識する。



その瞬間

教室のドアが大きな音をたてて開けられた。



「ゆき!!!!!!!」



怒りと心配とをごっちゃにしたような声。

馨だ。


馨はいつも遅いような調度良いような

タイミングで私を助けに来てくれる。



「なっ!?馨!!??」

「ちょっと、見張りはどうなってるの!?」



何か対策をしていたのか、馨の登場に

女子たちが一斉に動揺し始めた。

好機とばかりに私とあゆみは周りを

振りほどく。



「雪、大丈夫か?……赤くなってるじゃんか」

「(大丈夫)」

「誰にやられた?あいつか?」



リーダー格の女子を馨が示す。

こくりと頷くと馨は私を庇うように、

女子の前に立った。



「お前ら、俺のファンか」

「え、えぇ」



静かに吐き出された問いに恐る恐るという

風に頷く彼女。

馨に見つかったのがまずいと思っている

ようでさっきまでの威勢は何処にもない。




「俺のことを好いてくれてるのは別にいい。

けどな、だからって俺の付き合いまで

制限してんじゃねぇよ」

「ちょっと馨君!じゃあこの子ってもしかして…!」

「嘘でしょ!?」



「付き合い」という言葉に反応し女子たちが

一斉に馨に詰め寄る。

馨が首を振ると、全員が安堵の表情を

みせた。

……これで私と馨のことがバレるのか。

あんまり好ましくは無いけど、背に腹は

変えられないか。

おとなしく、馨のことばの続きを待った。



「俺と雪は、双子の姉弟だ。

だから俺のファンだろうが友達だろうが

雪に危害を与える奴らは俺が許さねぇ!」



一気に静まり返る教室内。

野次馬が集まっていた廊下もしんとしている。



「まじで……?」



数秒後、ポツリと呟いた藍田君の声を

きっかけに、「えぇーーー!!!??」の

大合唱が起こった。

とてもうるさい。