「悪いな美麗ちゃん。
素直じゃないんだよ、そいつ」


「…うるさい。
あと、あんたもいい加減離れてくんない?」


ほらな?と笑う彼を睨み付けてから、彼女を横目で見て言うと。

不服そうな顔をしながらもようやく離れた。


そして勢いよく立ち上がったときに落ちた上着を健次に返す。

それと同時にドアがゆっくりと開いて、医者らしき人が入ってきた。

だいたい30代後半ってところか……。

女ウケしそうなわりと整った顔立ちのそいつは。

健次たちに軽く会釈すると、椅子に腰掛けた。


「気分はどう?
傷の痛みは?」


「……特には。傷は軽く痛むけど」


「そうか」


彼は軽く頷くと、脈を計って点滴の様子を見て、傷口の様子を確かめる。

そして隣の看護士に何かを伝えると、椅子から立ち上がって健次に言った。


「脈に以上もないし、傷口も開いていません。
大丈夫だと思いますけど、念のため体温を計りましょう」


「ありがとうございます」


なぜか健次と一緒に彼女も頭を下げてお礼を言った。


「36度以下37度以上だったらまた呼んでください」


「分かりました」


そいつは僕に体温計を渡すと看護士を連れて出ていった。


…ちょうどそいつと健次がすれ違う時。

健次の顔が微かに強張ったのが分かった。


パタンというドアの閉まる音が響くと、室内は静寂に包まれた。

なんだか空気が重苦しい。


健次は壁に背を預けて、何かを考えるように天井を見つめていて。

彼女も同じように壁にもたれかかって俯いている。

静かなのは大いに結構だけど……。

こう沈まれると、かえって落ち着かない。


ピピピピッ、ピピピピッ


この重苦しい沈黙のなか、小さな電子音が部屋に響いた。

それに健次は天井から僕に視線を移した。


「何度だ?」


「……36度2分」


「そうか、大丈夫みたいだな」


彼は体温計を見て、よし、と頷くと今度は彼女に体を向ける。