嫌な予感がした。
これ以上この調子を続ければ、たぶん河本さんは――。
「…優希くんは強いね。」
「え?」
「眼鏡、お守りだったんでしょう?それをなくせるなんて…本当、すごい…。」
「そんなことないよ!僕はただ…っ」
そう、僕はただ…。
僕はただ河本さんに…。
「……?ただ?」
「僕はただ、ね――前を向きたかったんだ。いつもは振り向いてばかりだったから、たまには前だけを見たかったんだ。」
まだ言えないその言葉を呑み込んだ。
今は言えない言葉。
言ってはいけない気さえした。
河本さんは僕の言い掛けた言葉を望んではいないから。
「河本さん…?」
彼女は珍しく視線を下に落とし、僕と目を合わせなかった。
この場から逃げ出したくなった。
人間というものは可笑しな生き物で、古来から嫌な予感はよく当たると言う。
普段は未来なんて読めないのに、自分の嫌なことは分かるというのだ。
それは、あまりにも残酷だ。
河本さんは、僕からすれば残酷な笑みのまま続けた。
「やっぱり、優希くんは凄いね」
「いや…凄くなんてないよ。」
「ううん。凄いよ。…自分では気付いてないだけで、優希くんは凄い。」
「本当に…っ……本当に…凄くは、ないんだよ。僕は臆病なままだから。」
河本さんはフルフルと弱々しく首を横に振った。
「そんなことない。だって優希くんには才能だってあるんだから。それが凄くないはずがない。…私と一緒だなんて、あり得ないのにね。」
「河本さ…」
「優希くんも変わっちゃうのかぁ…。」
河本さんはとても悲しそうに微笑んでいた。
今にも怒り出しそうな、泣き出しそうな、笑い出しそうな、そんな複雑で困った表情だった。
彼女は何を見ているのか分からなくて僕は掛ける言葉を見失った。
定位置を見付けかけた僕の手が、再び宙をさ迷い始めた。
収まりかけた足の震えが止まらない。
今度は身体中から汗が滲む。
口は開きさえしない。
――怖いと思った。
はっきりとしたものではないにしろ、河本さんが僕を否定したように思えた。
拒絶ほど恐ろしいものはない。
お前はいらないと見捨てられることほど苦しいものはない。
ああ…、僕は何か言葉を間違えたのだろうか?
河本さんは何かに怒っているのだろうか?
僕に?
それとも別の何かに?
「…………ぼ、くは――。」
「行こう、優希くん。遅刻しちゃうよ。」
時計を見なくたって分かる。
遅刻なんてするはずない。
まだまだ間に合う時間で、逆に余裕があるぐらいだ。
それなのに、わざわざ僕の言葉を遮り歩き始めた河本さんの後ろ姿は妙に遠くて。
行き場をなくした手は河本さんの方に伸びることもなく、静かに下ろされた。
今度こそ、――はっきりとした拒絶だった。
僕は何か悪いことをしてしまったのか。
前を向き出した初っぱなからこれか。
いつものように前髪を引っ張ろうとしたが、その長さがないことに気付き、どうしようもない気持ちになった。
眼鏡も前髪もない。
僕を外の世界から護るものは何1つとしてない。
河本さんの笑顔さえも、もう見れなくなるかもしれない。
