弱虫男子




「落ち着け…落ち着け…」

自分に言い聞かせながら歩く。
少し足早になってしまうのは無意識で、それにつられて鼓動が速まる。

犬に吠えられながら曲がった角の先に、

「あ…。」

――彼女はいた。

速まっていた歩調が崩れ、だんだんと遅くなる。
こういう時、やっぱり僕は臆病だと思い知らされる。

でも、臆病は臆病なりに強いところを、今日、自分自身に証明してやるんだ。

やれば出来るんだって。
逃げちゃダメだって。

「か…、河本さん――っ!」

思わず張り上げてしまった上擦った声。
手に汗が滲む。

「あ、優希く――、」

振り返った彼女は大きく目を見開いた。
千晃と全くと言って良いほど同じ反応に、不安と期待が混じり合う。

まるで時が止まったかのように静止を続ける彼女の前に行く。
足が少し震えて、瞬きばかり繰り返す。

口を開いたが、唇が震えただけだった。

こんなんじゃダメだ。
もう僕は臆病でいたくない。
河本さんに少しでも近付きたい。
例えそこに望みがなくとも諦めたくはない。

だって、ここで諦めたら僕を応援してくれた千晃になんと顔を合わせれば良いのか分からないから。

「髪、切ったんだ…。」

切り出しのは河本さんだった。
僕が無言で頷くと、

「短いね。」

「うん……変、かな…?」

「ううん、似合ってるよ…。」

彼女の言葉に安心して顔を上げた。

「とっても、似合ってる。優希くんじゃないかと思ったよ。」

彼女は、僕が望んだ笑顔で、今の僕を認めてくれた。
でもそれは、少し寂しそうな笑顔だった。
何故だか手の置き場が分からなくて、何故だか普段の喋り方が分からなくて、その笑顔に、何故だか無性に泣きたくなった。

その寂しそうな笑顔は、僕の知っている河本さんではなかった。
僕が知らない河本さんの笑顔に胸が痛んだ。

僕が欲しい言葉に僕が欲しい笑顔。
なのに何かが違う。
その言葉も笑顔も何かが違うんだ。

偽りの言葉に張り付けの笑顔。

胸が痛まないはずがないだろう。
無理をしてまで笑う彼女は僕の知らない河本さんで、理由は分からない。

僕を気遣う為とか、社交辞令とかじゃなく、彼女は僕を見て別のものを感じて悲しそうにしている。
僕ではない何か。
それは何なのかを問いただしたい。

しかし、そうもいくまい。
僕は別に河本さんの彼氏でも家族でもない。
一介の友達が踏み込める範囲というものは案外限られているものだ。
越えてはならない一線と、そうでない一線を見極めることは難しく、それでなくとも友達の少ない僕にどうすれと。

僕の一線は眼鏡と前髪で、それを外したことで彼女は遠ざかった。
それは彼女が新たな一線を作ったということなのだろうか。

僕は今、その一線の前にいる。