「何年一緒にいると思ってんだよ」
「なに幼馴染み風な空気出してるの。出会ったのは中学生の時でしょ。」
「長いじゃん。もう5年か?」
「もうすぐ5年。」
「あっという間だよなぁ、中学校も高校も。」
ぐあぁ、と気の抜けた声を出しながら、千晃はソファの背もたれに沿って大きく背中を反らせた。
「夢もないまま卒業かぁ…。」
「お前ってホンット…」
千晃は呆れた様子で僕を見た。
僕が「なにさー」と言うと、千晃は大仰に溜め息を吐き出した。
「お前には好きな、それも才能まである分野があるだろ。」
「……千晃も僕に絵を描けって言うの?」
「だーかーらー、俺はお前に考えを押し付けないって言ったろーが。これは意見。それと俺の個人的な我が儘。お前には絵を描いてて欲しいっていう、俺の我が儘。」
「…――僕は、描かないんじゃなくて、描けないんだよ。千晃。」
「知ってるよ、んなこと。」
知ってるなら言わなくて良いじゃないか。
わざわざ僕の傷口をえぐることないじゃないか。
千晃には関係のないことなんだから。
千晃は少し寂しそうに笑った。
僕の気持ちなんてお見通し。
そんな感じで、僕の気持ちを汲み取った上での表情は曖昧だった。
「ただ、お前は変わろうとしてるんだからさ、もういい加減に区切りをつけたらどうだ?お前、絵を描かないは描かないで悲しそうな顔ばっかりするし、絵を描いたら描いたで苦しそうな顔するだろ。」
確かに、描かない時は、僕の存在意義がなくなったような気になって悲しくなるし、描いた時は、周りからプレッシャーを掛けられているような気がして苦しい。
失敗するのが怖くて怖くて堪らない。
みんなの期待に応えられない自分が嫌で嫌で仕方がない。
「俺は中学生の頃からの優希しかしらないけど、でも知ってる。お前が誰よりも苦労してることは分かってるつもりだ。楽しいこととか、面白いこととか、笑えることとか全部捨ててまで絵を描いてたお前はスゴいよ。だからさ――、」
千晃は少し躊躇ったあと、口を開いた。
「もう絵に囚われて欲しくないんだよ、俺としてはね。」
それは千晃の優しさで、やっぱり千晃は友達思いの奴だ、と改めて実感した。
久し振りに千晃の本当の顔を見た気がする。
いつもは少しモヤがかかったように見えにくかった視界で、千晃は幼さを滲ませた笑顔を見せる。
中学生の頃から全く変わらない。
困ったように笑う千晃は、やっとだよ、と言った。
僕が、何が?と聞く前に千晃は答えた。
「お前が絵から解放された、自由な顔を見れるようになったこと。」
「…絵から、って?」
「絵ばっかりだったお前がさ、高校生になってやっと恋をして、その為に努力して、変わろうって強い意思を持ち始めた今の顔。バカみたいに分かりやすい。」
「バカって…。」
「バカで良いよ。お堅い顔で、石像みたいに黙ってるよりはずっと。」
「僕、そんな顔してた?」
千晃は優しく微笑んだ。
たぶん肯定の意味で。
「―――」
その笑みに色々な思いが詰まっているような気がして、声が出なかった。
唇が少し震えて、キュッと固く結んだ。
そうでもしなければ泣きそうだった。
本当に、今日は何なんだ。
無駄に千晃の言葉が心に染みる。
青春ドラマみたいで余計に泣きそうになる。
――不安だった。
誰にも認められないのが怖くて、だけど千晃は認めてくれた。
思い返してみれば、いつもそうだった。
中学生の時から千晃はそのままの、――絵を抜きにした僕を認めてくれていた。
それに今さら気付いて目頭が熱くなる。
「ぷっ、だらしねぇ」
ケラケラと千晃は僕をバカにして笑った。
「…千晃、…あ――」
ありがとう、と言い掛けて、その言葉を呑み込んだ。
今、ありがとう、なんて青春ドラマっぽい台詞を言ったら絶対に泣くし、千晃が大笑いしてからかってくるのは目に見えていた。
だから代わりに、僕の言い掛けた言葉を待っている友人に言った。
「僕は自由だよ」
