「千晃が凹んでるなんて珍しい。」
千晃が言っていた、将来の夢は美容師っていうのは、案外本当のことなのかもしれない。
じゃなきゃ、明日香さんと力の差を見せ付けられたとしても凹むことはないだろう。
3年間続けたサッカーの最後の試合で負けた時でさえ、こんな悔しそうな、凹んでいる様子は見たことがなかった。
いつもヘラヘラとしていて、将来の夢なんてなさそうに見えるけど、明日香さんという強敵が常に目の前にいる千晃は、きっと誰よりも悔しい思いをしていて、それから誰よりも負けず嫌いなんだ。
「負けず嫌いな性格で居続ければ、きっと明日香さんにだって追い付くよ。そうじゃなきゃ僕が困る。」
「?お前が?」
「そう、僕が。」
僕も千晃のように生温い烏龍茶を一気に飲み干すと、それをテーブルの上に置いた。
「千晃が早く上達してくれなきゃ、僕は一生明日香さんに髪をやって貰わなきゃいけなくなる。モサ男、なんてアダ名で呼ばれるのは嫌だからね。」
千晃は目をぱちくりとさせた後、プッと吹き出した。
クスクスと堪え切れない笑いを漏らしながら、
「そりゃ、お前にとっちゃあ大問題だわな」
「でしょ?だから、ね。早く上達してよ。そしたら僕はモサ男って呼ばれることもなくなるからさ。」
「ああ、すぐにでもなるよ。」
「あと何年ぐらいかかるのかな、一人前の美容師って。」
「さぁな。まぁ…そうだな、俺が諦めないうちは、いつまででもってとこだよ。」
どこか晴れ晴れとした笑みを見せる千晃に、僕は少しの焦りを覚えた。
僕に夢などなく、それどころか逃げてばかりいたからだ。
逃げないようにと決意したものの、今日帰って、もしくは数日後まで同じ考えを持っているとは限らない。
この思いは絶対ということはない。
僕のは、些細なことで諦めてしまいそうなほどに弱い決意なのに対し、千晃の瞳には強い意思がこもっているような気がする。
僕とは正反対の瞳に気圧されるのは、僕がまだまだ臆病者な証拠だから、それは変われていないという証拠でもある。
こんなことで揺らぐ決心なんて、誰も変えられない。
どうか、そんなことを言わないで欲しい。
これは僕の我が儘だけれども、優しく微笑んで、変わったね、と言って欲しい。
