「…そんなこと、ないですよ。長い間この髪とも仲良くしてきたものですから、どうにも寂しく思えてしまって…。明日香さんに気を使わせてしまったならすみません。」
僕の言葉に安心したように明日香さんは薄く笑った。
「そうか…それなら良いんだ。ほら、愚弟…千晃はどうにもワガママな性格だから。モサ男にも迷惑を掛けているだろう?」
「まぁ…、掛けてないと言ったら嘘になりますかね。」
苦笑気味に答えると、明日香さんは「やっぱりか…」と呟いた。
「あの、でも…確かに千晃はワガママな性格ですけど、そこまで酷いものじゃないんですよ。」
「いや、私があれの姉だからといって気を使う必要はないよ。」
僕が、明日香さんに気を使って千晃をフォローしたと思われたのか、明日香さんは微笑を浮かべた。
「いや、本当に。千晃は人に気なんて使えないように見えて、実は優しい奴なんですよ。口ベタで上がり症な僕と、今でも友達をやってくれていて、こんな僕のことをフォローしてくれるんです。それに、千晃は迷惑を掛けることがあるけど、それでも僕も千晃にたくさん迷惑を掛けてるからおあいこなんです。」
「そ、うか…そうか…千晃が…優しい奴…」
明日香さんはクスッと微笑んだ。
「あいつも、私の知らないとこで成長してるんだなぁ…。」
「心配、だったんですか?」
「まぁ、これでも一応あいつの姉だしね。あいつは昔からチャランポランで、変な奴らとばっかり付き合ってたから。心配っちゃー、心配だったかな。」
照れたように首の後ろを触るその仕草は、千晃とまるきり同じで。
きっとこの人も勘違いされやすい人なんだろうなー、と、優しいのに勿体ない、と、何故だか僕が寂しくなった。
「あいつにも、ちょっとはマシな友達がいて安心した。」
そんなことを言われてしまえば、僕は嬉しくて、はにかむように笑った。
「あー…、その、モサ男は口ベタで上がり症なんだっけ?」
「え…?そう、ですけど…。」
明日香さんの質問の意図が掴めなくて、つい首を傾げる。
「んー、そんな風には見えないなーと思って。だって今、私と平気に喋れてるし。自分で言うのもあれだけど、私って強面だから喋り難いと思うんだけど。」
「あ、本当だ…。」
普通に喋れている。
今、僕は、今日会ったばかりの人と普通に喋れているのだ。
少し前までの僕なら、「あ……は、い…。」ぐらいの返答しか出来なかっただろう。
それか、無言を貫く。
そもそも髪なんて切りに来ない。
僕が髪を切ろうと思ったのも、他人と少しはまともに喋れるようになったのも、全て河本さんのおかげだ。
そう思うとなんだか無償に彼女に会いたくなって仕方がなかった。
「ま、案外すぐに克服できちゃうもんだよ。コンプレックスって。」
そう言って散髪を再開した明日香さんの手元を見つめながら、河本さんのことを考えていた。
