もしかしたら、この文字は日本語ではなく僕にしか読めない文字で書かれているのかも、とも思ったが、何度見ても普通の日本語だ。
僕の疑問に答えるように、彼女は言葉を付け加えた。
「眼鏡なくても、読めるんだ。この文字。もしかしてダテ眼鏡?」
なんだか周りが開けて見えると思ったら、そういうことか。
悪夢と自分の恥ずかしい行動のせいですっかりその存在を忘れていたが、僕の顔にいつも掛かっている眼鏡がない。
眼鏡がなければ人と話すことも、目を合わせることもできないほど人間不信な僕が、眼鏡の存在を忘れるなんてやはり疲れているのかもしれない。
河本さんから見えないように、前髪をグイッと引っ張りながら、
「…まぁ…、うん。」
すごく曖昧に答え、前髪の隙間から、愛用の眼鏡の居所を探る。
「なんでダテ眼鏡?見えにくくないの?」
僕はギクリとした。
今1番聞かれたくないことだったから。
他の人からすれば、周りを少し見えにくくするだけのガラスのレンズが入った眼鏡は邪魔に見えるのかもしれないが、僕にとっての眼鏡とは、僕が見えにくいだけでなく、周りから僕を見えにくくしてくれる大事な存在なのだ。
その辺のチャラついてる人達のダテ眼鏡とは大きく違う。
ガラスのレンズが、僕とガラス越しに見える世界とを隔てる唯一の壁だった。
その壁がないというのは、勇者が聖者の剣も持たずにレベル1のままでラスボスに挑むようなものである。
聖者の剣に匹敵する程の重要さを兼ね備える僕の眼鏡は今何処。
「優希くん?」
「あ…えっと…その、…。」
僕はタジタジになってようやく返事を返すのが精一杯だった。
「…め、眼鏡がなきゃ、安心できない…って言うか…不安になるんだ、…どうしても。」
「眼鏡がなきゃ…?…あ、その眼鏡がお守りなの?」
「そんな感じ、かな。」
「ふふっ、やっぱり似てるなぁ」
「え?」
河本さんがあまりにも嬉しそうに笑うから、僕は自分の目を隠すのも忘れて、彼女に見入った。
「優希くんと、私。」
彼女はポケットから小さな石を取り出して見せてから、これね、と続けた。
「お爺ちゃんがくれたの。青いでしょ?別に珍しくもない石なんだけどね、お爺ちゃんが、この石には力があって私を救ってくれるからって、暗闇の中でも光って道を照らしてくれるからって、くれたの。すごく嬉しくて、ずっと持ち歩いてる。」
彼女の手の上でチカチカと眩しく反射する石のことを語る彼女は、まるで子供のように無邪気に笑った。
青く、強く光るその石は、どこか誇らしげだった。
