「完成しない?まだ水色にしか塗られてないのにですか?」
なんでも先を見越しているような部長の態度にムッとなりながらも、部長の言葉の意味が気になって、僕はそう訊いた。
部長は「うん。」と頷き、
「この絵は失敗しちゃったからね。ここは偉い人の意見に乗っかって、未完成こそが芸術だということにするよ。」
「未完成こそが芸術、ですか…。僕は完成したものが芸術だと思いますけど。完成したからこそ芸術で、芸術だからこそ完成していると言えるんですよ。未完成こそが芸術なんて、完成できなかった人の言い訳です。そんなの、全然素晴らしい言葉なんかじゃないです。」
「今日はやけに饒舌だね。しかもご機嫌斜めと見た。何か嫌なことでも?」
「部長と……いや、別に。」
部長と会って、こうして話し込んでいることが、と言い掛けて、止めた。
あまり余計ことを言うと、部長に嫌味を言われて、言い返す言葉も見付からないだろうから。
この美術室という空間は、僕にとっては分が悪い。
部長の面白半分の嫌味――僕にとっては気が滅入るような精神的苦痛だが――を助長しているようにさえ思う。
「後輩の悩みに親身になって応えるのも先輩の役目だからね、何かあったら私に相談してみると良いよ。」
じゃあ、僕を解放して下さい。とも言えない自分はやはり弱虫なのだろうか。
最近は少しコミュニケーション能力が上がったような気がしていたのだが、そんなこともないようだ。
自分自身に呆れつつ、部長を見やると、僕の思いなど露知らずといった顔で、水色のキャンパスに鉛筆で何かを描き出していた。
よく見るとそれは下絵で。
「あれ?部長、下絵って描く人でしたっけ?」
「描いてるよ。いつもは初めに描いてるけど、今日は特別。作品にできないから今描いちゃってもいいかなって。」
「ふーん。下絵なんて、いつ描いても良くないですか?」
「良くないよ。みんな、君と違って1度で描ける訳じゃないんだから。特に私みたいな、人を感動させる絵を描きたいって思っちゃってる人は何回も何回も描き直すんだよ。」
「そんなもんですか?だって、下絵なんて描いたら描き直せなくなるじゃないですか。そんなのつまらないですよ。僕は、その時に頭に浮かんだ、一瞬のものを描くのが好きなんです。」
部長が言った通り、僕は今日はやけに饒舌だ。
いつもは何かが重くて、言葉が上手く出ないのに、今日は何故だか軽い。
「目に映ったものでも、頭に浮かんだものでも、一瞬は何もかもが綺麗だから。そんな大切な一瞬を人に伝える為には絵じゃ収まりきらないけど、その限られたキャンパスの中に僕の一瞬をたくさん詰め込んで、誰かの綺麗な一瞬になって欲しい、ん…です……はい…。」
「……。」
気付けば語っていた自分が突然恥ずかしく思えて、僕はまた俯いた。
部長が無言なのが辛い。
部長は今どんな顔してるんだろうか…。
呆れてる?
怒ってる?
コイツ、なに言ってんだ…?ってなってる?
何が綺麗な一瞬だよ、バカ。
絵で収まりきれよ、そこは頑張れよ。
